三度目の襲来①
エドモンドは考え込んでいた。
もしかすると――リリアーナが作った魔獣避けは、予想以上に強い効力を持っているのではないか。
そう思った彼は、試みに矢の先端へ魔獣避けを仕込めないかと、何度も試行錯誤を重ねた。
だがそれは容易なことではなかった。
緩く付ければ、矢が飛ぶ途中で外れて落ちてしまう。
かといって頑丈に固定すれば、薬が拡散せず矢の効果が薄れる。
何より矢自体の重量や形が変わり、狙った通りの軌道を描いてくれないのだ。
「……これでは実戦では使えないな」
エドモンドは唇を噛み、悔しげに矢を持った。
一方その頃、リリアーナは黙々と弓と剣の稽古に励んでいた。
誰に見せるわけでもなく、ただ己の力を高めるために。
ある日、リリアーナは「足りない薬草を買いに行く」と言い残し、城を出た。城門を抜けるや否や、彼女は外衣を脱ぎ捨て、下に着込んでいた軽装姿になる。そして深く息を吐き、身体強化の術を纏って駆け出した。地を蹴るたびに風が唸り、馬並みの速さで町の通りを疾走していく。
肩で息をしながら、目指す矢職人の工房へと飛び込んだ。
「至急、魔石の付いた矢が欲しいの。ある?」
職人は顔をしかめ、腕を組む。
「今すぐにはねえよ」
「出来次第、城に届けて欲しいの」
「急ぎか」
「そう」
リリアーナはためらいなく袋を開き、中身を差し出した。魔鳥討伐の折に自ら射落とした分として渡された魔石と羽根。その最後の残りである。
「私は、これだけしか無いの。出来る?」
職人は無骨な手で頭をかき、ふっと笑った。
「やってやるよ。だが早く帰んな。目立ちすぎる」
その言葉にうなずき、リリアーナは静かに工房を後にした。
矢職人の手は速かった。約束通り、一週間後には完成した魔石付きの矢が城に届けられる。リリアーナはそれを誰にも見せず、自室に隠し置いた。まるで己の決意を封じ込めるかのように。
そんな彼女のもとへ、兵士たちが訪れる。
「魔獣避けを分けていただけませんか」
次の襲撃に備えたいという切実な願いが込められていた。
リリアーナは手持ちの、イリヤ族の所で手に入れた薬草を一つ残らず調合し、魔獣避けに変えた。
そして、できた分をすべて兵士たちに渡した。
「出来るだけ、多くの人に渡して下さい……」
そう呟く彼女の横顔は、以前よりもどこか凛として見えた
二回目の襲撃から三週間が過ぎた。
再び、城の鐘が鳴り響く。
北東から笛の音、魔獣の襲来を告げる笛。
エドモンドは即座に大弓と剣を取り、北東へと駆け出した。
エドモンドを見送ると、リリアーナは慌ただしく戦闘用の服に着替え、オルフェウスの元へ向かった。
「……私も、戦いに行きます」
強い決意を宿した声に、オルフェウスは厳しく首を振った。
「駄目だ」
「このまま、何もしないで待つことは出来ません」
「許可は出来ない」
「では、遠くからでも援護を……!」
「領主の言うことが聞けないのか。ならば、ここから出ていけ」
突き放すような言葉に、リリアーナは沈黙した。唇を噛み、やがてかすれた声で答える。
「……わかりました」
その言葉に、オルフェウスは自分の口から出た厳命を悔いるように顔を青ざめさせた。
何か言おうと唇を開いたが、その前にリリアーナは踵を返す。
速やかに部屋を去る彼女の背中に、オルフェウスの声は届かなかった。
自室に戻ったリリアーナは、あらかじめ隠し用意していた弓と矢、魔獣避け、ナイフを取り出す。
心臓の鼓動を押し殺すように、それらを身に着けた。
そして――誰にも気づかれぬよう城を抜ける。
リリアーナは走った。
身体強化と狩人の能力を同時に発動させる。強化された足は地を蹴り、まるで獣が疾走するかのような速さを得た。目に見えないのに、兵士や魔獣の動きが手に取るように分かる。
……エドモンド様は北東へ向かったはず。
けれど、北からも魔獣の群れが迫ってる……?
どちらへ行くべきか、一瞬の逡巡が胸を刺す。
距離を測れば、この場からは北が近い。
「……北に」
小さく呟き、リリアーナは迷いを断ち切るように身を翻し、北の、魔獣の群れの方へと駆けていった。




