セラフィーネ、ラディンより情報を得る
ラディンは森の中を走っていた。襲撃の決行日が決まったのだ。セラフィーネの忘れ物を届けに来た、と雪解けの羽根亭の主人に言う。主人は直ぐに言伝てをしてくれた。汗に濡れた髪を乱暴にかき上げ、セラフィーネが来るのを待った。セラフィーネは、しなやかに階段を降りてきた。
「届けに来てくれたのね。有難う」
ラディン、腕輪を差し出す。
「折角届けに来てくれたもの、お礼をしたいわ。こちらに来て」
セラフィーネ、ラディンを部屋に誘う。果実水を用意するセラフィーネ。
「三日後の朝からだ。場所は南西。火を、放つらしい。弟からの情報だ」ラディンは声を潜めて言う。
セラフィーネは目を細め、静かに問い返す。
「貴方が聞いたのではなく?」
ラディンは苦く笑い、肩をすくめた。
「俺は、信用されていない。精々、前日の夜か、当日の朝に詳しく聞くことになるさ」
「情報、有難う。健闘を祈るわ」
ラディンは短くうなずき、低く言葉を残す。
「……頼んだぞ」
彼は身を翻し、部屋から姿を消した。残されたのは、微かな汗の匂いと、彼を思わせる空気の揺らぎだけだった。
セラフィーネは南西の町の広場に立ち、雪に閉ざされた季節に似合わぬ明るい声で、弾き語りを始めた。
寒さに肩をすくめていた人々も、澄んだ歌声に耳を傾け、いつの間にか笑顔になっていく。
やがて最後の音を鳴らし終えると、セラフィーネは静かに口を開いた。
「……伝えることがあります」
人々の視線が集まる。
「私がこの町に来る前に噂を聞きました。最近、盗賊がこの近辺で出ていると…。皆様、必ず戦える物を手の届く場所に置いてください。鎌でも、スコップでも、鋤でも棒でも……何でも構いません。」
その言葉に、集まった人々の間にざわめきが走った。
だが、セラフィーネの眼差しの真剣さを見て、皆うなずき合った。
「わかった」「忘れないようにしよう…」
「何も無ければ良いのですが、最近は本当に危険だと聞いてます。本日は皆様にお伝えできて、良かったです……」
こうして、町の人々は忠告に従い、武器となるものをそれぞれ家に置くようになった。
雪深い夜の静けさの裏で、彼らは確かに備えを固めていった。
セラフィーネは、迷いながらも城を訪ねた。リリアーナの部屋に通される。伝えるべきことがある……けれど、それを告げるかどうかは、彼女の様子を見てから決めようと心に定めて。
「リリアーナ、最近はどうなの?」
セラフィーネの問いかけに、リリアーナは少し影のある笑みを浮かべる。
「毎日、リュートは練習しています。それと……イリヤ族の魔獣避けも、似たものなら先日、作ることが出来ました」
「似たもの、とは?」
「はい……調合の途中で、何か必要な工程があるみたいなのです。でも、それがどうしても分かりませんでした。だから、不完全なんです」
その声には、悔しさがにじんでいた。
セラフィーネは少し身を屈め、真剣な眼差しを向ける。
「わからないことは、誰にでもあるわ。大切なのは……これから、どうしていくかよ」
「……悔しいです」
「その気持ち、忘れないで。……聞きに行こうとは、思わなかったの?」
「教えてくれなかった、という事は、私が自分で見つけるべきだと……」
「……そうかもね」
一瞬の沈黙のあと、セラフィーネは穏やかな笑みを浮かべる。
「さて……リュートを聴かせて貰おうかしら?」
「はい」
リリアーナは姿勢を正し、弦を爪弾く。澄んだ音色が部屋に広がった。
「……ねえ、故郷を偲ぶ歌を弾いてみて」
「わかりました」
リリアーナは目を閉じ、歌い始めた。
緑の大地、森の息吹きを彷彿させる歌だ。
その声に魔力が宿り、柔らかな光が空気を揺らす。やがて、白銀の気配が彼女の頭上に現れた。お雪様……小さな存在が、ふわふわと漂い始める。
歌を終え、リリアーナが気づく。少し微笑みながら、言う。
「……久しぶり」
セラフィーネは目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「……それは、何かしら?」
「よく、わかりません。この辺りでは、たまに現れるそうです」
お雪様はくるりと旋回し、やがてリリアーナの肩にそっと降りた。
「不思議ですよね」
「……そうね」セラフィーネは短く答えると、少し間を置いて言葉を継いだ。
「……リリアーナ、実は急用が出来たの。今日は……お別れの挨拶に来たのよ」
「そんな……もっと居ると思ってたのに……」
「ごめんなさい。また、来るから」
セラフィーネの視線は、お雪様から外れる事は無かった。
お雪様の白い光が、リリアーナの肩で小さく瞬いた。




