魔獣襲来 二回目
鐘が鳴り響いた。
北から、兵士の笛の音が届く。
エドモンドは剣と大弓を携え、北の防衛線へ駆けつけた。今回は、魔獣達はかなり遠くにいた。群れを率いるように一回り大きな魔獣の姿があった。
エドモンドは身構えた。
だが、魔獣たちは矢の届かぬ距離を保ち、睨み合いが続く。緊張に包まれる中、北東から笛が響く。
魔獣達は二手に分かれていた。しかし、動けないエドモンド。
「まずは数を減らすしかない……!」
エドモンドは普通の大きさの魔獣を狙い、力の限り矢を放った。矢はかろうじて届いたが、威力が足りず、深くは刺さらない。もう一度矢を、と構えた。
その瞬間、大きな魔獣と視線が合った。
次の刹那、巨体が雪原を裂くように駆け出す。
慌てて矢を放つも、魔獣は口で矢を噛み砕き、粉々にした。周囲の兵たちの矢は、硬い皮に弾かれるのか、通じない。
魔獣の脚は凄まじく速かった。魔獣は目の前に迫ってきた。エドモンドは盾と剣を構えた。
だが、魔獣の前足の一撃で盾は宙を舞い、雪に沈む。両手で剣を構え、必死に爪を受け止めたが、猛烈な力に押し負け、エドモンドは吹き飛ばされ、雪の上を転がった。頭から血が流れ、視界が赤く染まる。
魔獣が止めを刺そうと迫る――。
その時、エドモンドは懐からリリアーナの作った「魔獣避け」を投げつけた。
匂いに嫌悪するように魔獣は唸り声を上げる。
直後、北東から遠吠えが響いた。呼び声に応えるように、大きな魔獣は遠吠えをした。そして、踵を返し群れの方へと戻っていった。
その日の戦果は重かった。
襲われた北東では、兵士の死者三名、家畜十九頭が奪われ、負傷者は数知れなかった。
命拾いした兵士達は、リリアーナの魔獣避けを首から下げていた。
応急手当を受けたエドモンドは、血に染まった衣をまとったまま城に戻った。
魔獣は、一度獲物を得ると続けては襲ってこない、それが今までの経験則だった。おそらく二週間、あるいは三週間は持つだろう。
出血は止まったが、衣にこびりついた血は痛々しく夥しい。
城から見ていたリリアーナは、正気ではいられなかった。魔獣への恐怖と、エドモンドの生命の安否……。動けるみたいだが、怪我の様子が全く分からなかった。
急いで駆け寄ってきたリリアーナ。
「歩いて……大丈夫なのですか」
心配そうな顔に、エドモンドは青ざめた頬をわずかに緩めて答える。
「少し切っただけだ……」
だが声は弱々しく、すぐに彼は血を洗い衣を替え、横になった。
その夜。
リリアーナはエドモンドの部屋の前に立っていた。
ノックをするが、返答はない。
そっと扉に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
灯の消えた部屋に足を踏み入れる。
寝台に横たわるエドモンドは、青白い顔で浅い呼吸を繰り返していた。
「……」
リリアーナは彼の傍に膝をつき、その手を握る。
冷たい。
必死に願うように目を閉じた。
……どうか、早く治って。
やがて、エドモンドの寝息は落ち着き、安らかなものへと変わっていった。
リリアーナはそっとその手に唇を寄せ、静かに部屋を後にする。
その瞳には、迷いを振り払うような、強い光が宿っていた。
翌朝
目を覚ましたエドモンドは、傷の痛みが驚くほど和らいでいるのに気がついた。
「……もっと酷い傷だったと思ったのだが…」
傷口は髪に隠れて見えにくい。
だからエドモンドは気づかない。
リリアーナが夜、彼のために治癒の能力を使ったことに。
エドモンドはそれよりも、生まれた魔獣への恐怖心の制御、大きい魔獣への対処方法、次の襲来の事で頭がいっぱいだった。




