魔獣襲来 一回目
冬が到来した。エドモンドは、緊張を解けない日々が始まった。
いつ魔獣が来るか分からない。眠っていても耳は鐘の音を探し、弓を握る手は夜も強張ったままだ。
ある日、ついに鐘が鳴った。兵士の笛が鋭く響き渡る。魔獣だ。
エドモンドは即座に立ち上がり、出陣した。向かうは北。吹雪の余韻が残る白銀の景色の中、魔獣達が蠢いていた。
そこにいたのは、オルフェウスから聞いていた大きな魔獣はいなかった。普通の大きさだ。しかし牙を剥いて兵士を襲う気迫に満ちていた。
エドモンドは大弓を構えた。弦を引き絞ると、雪の静けさを裂くように矢が飛び、先頭の魔獣の額を貫く。魔獣は、その場で倒れた。エドモンドは、次々と矢を放った。兵士たちも一斉に弓を射る。鋭い矢は魔獣の体を突き刺し、悲鳴を上げさせた。
やがて、傷ついた魔獣たちは怯え、雪煙をあげて引き返していった。……倒れた魔獣は、白い雪の上に残されたままだった。
完全なる勝利だった。
此方の被害は全く無かった。
城の高台から、リリアーナはそのすべてを見ていた。
雪を切り裂くように響く矢の音。魔獣の咆哮。兵士たちの掛け声。
その中心に、エドモンドの姿があった。
彼が倒れないか、血を流してはいないか――目を凝らすたび、胸の鼓動は強くなった。矢が魔獣を射抜き、獣が雪に沈むたびに安堵が広がる。けれど次の瞬間には、また不安が押し寄せてくる。
「お願い……どうか無事でいて」
何度も、声にならない祈りを口の中で繰り返した。
勝利の報せが広がったとき、リリアーナの胸には大きな安堵が訪れた。けれど、それと同じ重さで、別の感情が心を締めつけた。
自分はただ、ここから見ているだけ。
あの人が命を賭ける場に、自分の居場所はない。
「……私にも、出来ることがあるはずなのに」
リリアーナの漏らした言葉は、心に黒い染みとなって広がっていった。
その夜、エドモンドは興奮の余韻に囚われ、ベッドに横たわっても目を閉じられなかった。魔獣に対して放った矢が確かに届いた、その手応えが全身を熱くさせていた。
春から続けてきた大弓の練習。幼い頃から勉強や剣術など、一度のめり込むと人の何倍も打ち込んでしまう自分。その「熱中」はときに周囲から呆れられることもあったが、成果を出すことで「努力は結果になる」という確信を手にしてきた。
兵士達が物陰で囁き合う声を、偶然耳にしたこともある。
「エドモンド様の大弓、オルフェウス様よりすごいかもしれん」
「馬鹿、大声で言うな……だが、そうかもしれんな」
その記憶が、胸の奥でじんわりと蘇る。自分の力は確かに認められつつあるのだ。
……この調子なら、行けるかもしれない。
闇の中、目の前に翳した拳を固く握る。だが、胸に満ちるのは誇らしさだけではなかった。リリアーナの顔が浮かぶ。彼女を守るために、彼女と未来を歩むために、自分は強くならなければならない。誰よりも確かな力を示さなければならない。
失うわけにはいかない。彼女を、未来を。
その切実な思いが、眠りを遠ざけ、エドモンドの瞳に夜明けまで消えぬ炎を宿していた。




