セラフィーネとラディンの密会
夜の静けさが、辺りを包んでいた。
眠るリリアーナの寝息を確認したセラフィーネは、そっと布団を整え、髪を指で押さえながら部屋を抜け出す。
月は真上に昇り、銀色の光が木々の影を静かに照らしていた。
待ち合わせ場所に着くと、すでにラディンが立っていた。影のように黙って月光に照らされている。
「来たわよ」
セラフィーネは涼やかな声で言う。
ラディンの表情は険しかった。
「リリアーナのいる町が、襲撃に遭う。魔獣達が来る日だ」
セラフィーネは眉をひそめ、問いかける。
「……本当に?」
「ああ、族長が話していた。……確実だろう」
「貴方も、その中に?」
ラディンは沈黙の後、静かに答えた。
「俺の親父が殺された。俺は、その日の混乱に紛れて仇を討つ。そのとき、リリアーナが傷つかないようにしてくれ」
セラフィーネは唇を緩める。
「……なんで私に?」
ラディンの瞳が月光を受けてわずかに光った。
「……強いだろ?」
「……どうして、そう思うの?」
「気配が、違う。……隠していても、俺にはわかる」
ラディンは続ける。
「今日リリアーナが摘んでいた薬草……あれは、魔獣に唯一効くものだ。絶対に持たせろ」
セラフィーネは短く息をつき、静かな声で言った。
「……伝えないの?」
「……俺は、知らなかった事に、して欲しい。あの薬草はイリヤ族の秘匿だ」
セラフィーネは月光の下で肩をすくめ、静かに微笑む。
「ふうん。いいわ。リリアーナは守るつもりだったし」
ラディンはわずかに顔を緩めた。
「有難う、頼む」
セラフィーネは、月光の下でラディンをじっと見据えた。
次の瞬間、左手首に嵌めていた銀細工の腕輪を外し、彼の掌に押し込む。
「襲撃の場所や日付がわかったら教えて。……そのときは“落とし物を届けに来た”って理由で、これを渡しに来て」
ラディンは手の中の腕輪を見下ろし、わずかに眉をひそめた。
「……いいのか」
「構わないわ。泊まっている宿は『雪解けの羽根亭』よ。当分はそこにいる」
セラフィーネはさらりと言いながら、わずかに口角を上げた。
しばし沈黙のあと、彼女は問いを投げかける。
「ねぇ、イリヤ族は……魔獣の動きがわかるの?」
ラディンは視線を遠くの闇へやり、低い声で答えた。
「雪豹紋は、腹が減ると苛立つ仕草を始める。……群れの三割がそうなったら、大体三日後に獲物を群れで狩りに行く」
セラフィーネは目を細めた。
「……随分詳しいのね」
ラディンは無表情のまま、淡々と付け加えた。
「あいつらとの付き合いは、長いんだ」
月光が二人の間を照らし、冷たい風が枝を鳴らした。
その音が途切れると、夜の静寂がふたたび降りてきた。
セラフィーネは彼に向かって、ほんの少し意味深に微笑んだ。
「……あなた、いい男ね」
「……そんなこと、ないさ。臆病なだけだ」
ラディンは影のように夜の闇に溶けて去っていった。




