シルビアとエドモンドの会話
リリアーナが走り去った後。
エドモンドはシルビアを身体から引き剥がした。残念そうなシルビア。
「久しぶり、元気そうね」
「ああ。……どうしてここにいるんだ」
「行商よ。西から良い布が入ったから」
「そうか、珍しいな」
「たまたま、よ」
「一人なのか?」
「兄さんと一緒よ」
エドモンドはシルビアをじっと見る。
金の髪に、翡翠のような瞳。彼女の笑みは柔らかいが、奥に隠された光を見逃すほど鈍くはない。
リリアーナの相手は……シルビアの兄か?
「兄はどうした」
「さあ? 別行動してるの。商売のやり方が違うから」
「そうか」
「ねぇ、魔鳥の時、凄い活躍だったって聞いたわ」
「それほどでもない。被害はあった」
エドモンドの言葉に、ほんの一瞬だけ沈黙が落ちる。
彼の瞳には悔恨が影を落とす。
「そう。……でも皆、あなたを誇らしげに話していたわ」
「名誉より、守れなかったものの方が重い」
「真面目ね」シルビアが微笑む。
「そういうところ、昔から変わらない」
「領主様は元気になったの?」
「大分回復したが、弓は持てない……」
「強い人なのに、残念ね」
シルビアは何かを探るように彼を見つめる。
その視線の意味を測りかねて、エドモンドは表情を崩さない。
「また此方には来ないの?」
「六年前は、応援の要請の為に行ったんだ。断られたがな。もう、行くことは、ない」
「……そう。事情は変わるものよ」
「いや、変わらん」
短く断ち切るように言う。
「それより、其方では盗賊が増えてると聞いた。どうなんだ」
「そう、みたいね。詳しく知らないのよ」
「行商なら、耳に入るはずだが」
「全部を拾っていたら、商売ができないわ」
二人の間に、笑みと冷たい視線が交錯する。
周囲から見れば旧知の者同士が穏やかに世間話をしているようにしか見えない。
だがその実、互いに一歩も譲らない探り合いが続いていた。
エドモンドは用事があるから、と会話を終わらせる。
シルビアは背中を見送りながら、唇に笑みを浮かべる。
「……やっぱり、エドモンドは良い男だわ。欲しい!」
低く小さく呟いた声には、迷いのない熱がこもっていた。
しかし当のエドモンドは、振り返りもせず歩き去る。
彼の意識に、シルビアの存在は影すら落としていない。胸中を占めるのは、別の人間のこと……リリアーナ、そしてシルビアの兄。
胸の内に渦巻くざわめきを抑えきれず、金色の髪の男を探して歩き出した。
シルビアの言葉からすれば、その男は彼女の兄。ならば確かに美形であろう。だが、彼女の兄がどうしてリリアーナに関係しているのか、その理由がわからない。
焦燥感が募る。イリヤ族、という言葉も頭を離れなかった。領内との交流はほとんど無いはずだ。
そして、もうひとつ心に重くのしかかるのはリリアーナのことだった。
彼女の存在は、領内ではまだ公にしていない。理由は単純だ。人々は魔鳥や魔獣との闘いに翻弄されている。
エドモンドは決めていた。
――もし、この冬をオルフェウスの力無しで越えられるなら。
その時は、領民に伝えよう。自分の婚約者として、そして近々結婚する最愛の相手として。胸を張って彼女を人々の前に立たせるのだ。
だが、その未来を確かなものにするには、まずこの冬を生き抜かねばならない。
金色の髪の男の影を追いながら、エドモンドの胸に燃えるのは、焦燥と同時に、守るべきものへの固い決意だった。
……エドモンドは大通りを探したが、金髪の男は見つけられなかった。




