マルグリットの心情
まだ、マルグリットがリリアーナに会う前。
マルグリットは、エドモンドからの手紙を読んでから、ずっと胸が高鳴っていた。
「結婚したい人ができた」
その一文を見ただけで、もう頭の中はぱあっと花畑。
エドモンドがやっと未来を選んだのだという喜びに、目尻に涙まで浮かぶ。
「まあ……どんなお嬢さんなのかしら?頭が良くて、成績優秀で……薬草に詳しいって……あら、剣までできるの?すごいじゃないの!」
思えば思うほど、勝手に理想の義娘が形を持ち始める。
その子はいつも清楚なドレスを身にまとい、可憐に笑って、
「お義母様、これはどうすればよろしいでしょうか?」と小首をかしげる。
「まあまあ、こうするのよ」と、マルグリットは優しく教えてあげる。
お菓子作りも一緒に、刺繍も一緒に、午後は紅茶を飲みながら笑い合って……。
「可愛いわねえ、私の娘になってくれてありがとう」
そんな言葉を口にする日々が、もう目の前に迫っているような気がした。
マルグリットはその夜、嬉しさのあまり眠れなかった。
翌朝には鏡の前で「あら、少し若返ったかしら」なんて思ってしまうほど、頬はほんのり赤らんでいた。
――そして、運命の出会いの日。
「……まあ!」
初めて目にしたリリアーナは、本当に可愛らしかった。
紫の瞳は光を受けてきらめき、紫の髪は陽を浴びて宝石のように輝いた。
マルグリットは胸を押さえ、「この子が義娘になるのね……!」と心の中で感嘆する。
思わず抱きしめてしまいそうになるほどだった。
だが。
数日後。
「森に行ってきます!」
「え?」
帰ってきたリリアーナは、薬草の匂いをぷんぷんさせ、泥で服は汚れ、袖口は裂けていた。
「……え、ええっと……貴族のご令嬢、でしたわよね?」
マルグリットは目をぱちぱちさせ、ついには頭を抱えてしまう。
次の日もまた薬草にまみれ、その次は弓を背負って森を駆け回り、服はいつもボロボロ。
「……夢に見た紅茶とお菓子の午後は……どこへ?」
マルグリットの理想の妄想は、薬草の匂いと共にかき消されていく。
そして、ある日リリアーナが言った。
「魔鳥との戦いに、私も出ます!」
「あり得ませんわぁぁぁ!!!」と心の叫び。
マルグリットは自分の知らない生き物を見たような気がした。
――だが。
ある時、マルグリットは、兵士の言葉を聞いた
「……リリアーナ様は、『今、必要だと思うことを、しているだけです』って言ってました」
その一言が、胸に深く響いた。
リリアーナは毎日のように矢を射っていた。
汗をぬぐいもせず、何度も何度も的に向かって。
また、薬は魔鳥対策らしい。
派手に語ることもなく、ただ静かに――必要だからと動いていた。
魔鳥襲来の後。
リリアーナは立っていた。
息を切らし、髪は乱れ、服はさらにボロボロ。けれど、その瞳は真っ直ぐで、力強かった。
弓を握るその手は震えていたが、仲間を守り抜いた姿は、確かに立派だった。と聞いた。
「……あの子は……なんて……!」
マルグリットの胸に熱いものが込み上げ、涙がこぼれ落ちる。
「私……何もわかってなかった……!あんなに立派で、あんなに優しい子だったなんて!」
嗚咽まじりに泣き出すマルグリット。
「マルグリット」
椅子に腰をかけているオルフェウスが声をかけた。
オルフェウスは随分と回復した。
彼は立ち上がりはしなかったが、手を伸ばしてマルグリットの背を優しく撫でた。
「嬉しいのだろう?」
「ええ、嬉しいのよ! 私の義娘があんなに立派だなんて……!私、誇らしくて……!」
ついにマルグリットは顔を覆って、椅子の脇にずるずるとしゃがみ込んで泣き崩れる。
オルフェウスは苦笑しながらも撫で続けた。
「はいはい……泣きすぎて床に水たまりができそうだぞ」
「だって、嬉しいんですもの……」
部屋には、すすり泣きと笑いが入り混じった、不思議に温かい空気が広がっていた。
――夢想とは違った。
でも、現実は想像以上に誇らしく、そして温かかった。




