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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第2章

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魔鳥飛来、初日②

リリアーナの、魔石の矢の矢筒は空になった。

最後の一本を放った瞬間、指先が空を掴む。


「……もう、ない…」


魔石の矢ならば確実に落とせた。

しかし、残るのは普通の矢。彼女の腕では、仕留められないことがはっきりとしている。……狙いが、甘い。力が、足りない。


胸の奥を焼くような悔しさに、リリアーナは唇を強く噛んだ。血の味が口に広がる。

足が震え、弓を握りしめたまま、彼女は物陰へと退いた。


その間も、エドモンドは立っていた。

大弓を構え、何度も、何度も矢を放つ。声をあげず、動揺を見せず、ただ淡々と魔鳥を迎え撃ち続ける。

その背中は、大地に根を張る大木のように揺るがなかった。


やがて、魔鳥たちは空へと旋回し、次第に去っていった。

仲間を食らい、腹を満たしたのか。

あるいは、人間を追い詰めることを諦めたのか。


空はすでに茜色に染まり始めていた。

静寂が戻ったはずの村に、突如、裂けるような女性の叫び声が響いた。


「あああああ――っ!」


人々が振り返る。

「夫が……!」

嗚咽混じりの声が夜気に響き渡った。


魔鳥襲来、一日目。

被害者は一人。

家畜の被害は、幸いにもなかった。


それでも――これは、今までで一番被害の少ない日だった。

しかし、その「少なさ」が誰かの命の犠牲であることに、リリアーナは胸を締めつけられるように痛感していた。



エドモンドの声が、夕暮れの村に落ち着いた響きで飛ぶ。

「明日に備える。被害を確認。怪我人は手当てを。武器を見直し、矢を補充しろ。死んだ魔鳥は使える部分がある。余力のある者は回収作業にまわれ」


兵士たちは「はっ」と短く応え、散っていく。

女たちは慌ただしく炊き出しを始め、村人たちも集まり、被害の整理が始まった。


その中で、リリアーナはまだ動けずにいた。

足に力が入らず、地面に座り込んだまま弓を握りしめている。胸の奥で悔しさと安堵がせめぎ合い、吐き出す言葉さえ出てこない。


エドモンドが彼女に気づき、歩み寄った。

「怪我はないか?」

「……うん」

「歩けるか?」

リリアーナはかすかに首を横に振る。言葉が続かない。


エドモンドは短く息を吐いた。

「これから、一週間は魔鳥が来る。城に戻る暇はない」

真剣な眼差しで問う。

「リリアーナ、どうする?」


彼女は迷いなく答えた。

「……一緒に、いたい。まだ、闘える……」


その言葉に、エドモンドの目が一瞬だけ柔らかく揺れる。

「……わかった」



やがて夜が訪れる。

魔鳥は夜間には襲ってこない。唯一の休息の時。兵士たちは近くの家の土間を借り、武具を脇に置いてそのまま横になった。

疲労の色が濃い。明日もまた、同じ戦いが待っているのだ。


リリアーナも布を敷いて横になった。

隣にはエドモンド。彼もまた、大弓を手元に置きながら背を伸ばし、横になる。


「眠るんだ。明日は早い」

低く穏やかな声。


「……おやすみなさい」

リリアーナは少し躊躇って、震える声で言った。

「あの……手を繋いで、寝てもいい?」


エドモンドは目を閉じたまま短く答える。

「……おやすみ」


次の瞬間、彼の手が静かに差し出された。

リリアーナは慌ててその手を取る。温もりが伝わった途端、心臓が跳ね上がる。


「……っ」

顔が真っ赤になり、息が上手くできない。けれど、指先から伝わる熱に、不思議な安心が広がっていく。


緊張と疲労で、瞼はすぐに重くなった。

リリアーナは頬を染めたまま、彼の手をぎゅっと握りしめ、静かに眠りへと落ちていった。



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