リリアーナ本を読む
その夜リリアーナは、自室の机に古びた薬草の本を広げていた。魔鳥を狩りたい、でも用意が必要……、と思いつつページを捲る。古い紙と乾いた草の香りがふわりと漂う。
「……魔獣に遭った時の対処……」
小声で呟きながら、指で文字を追う。
――刺激臭を放つ匂い玉。
――刃に塗れば血を腐らせる毒。
――粉にして煙のように撒けば、神経を麻痺させる薬。
「……これ、渡りの魔鳥だけじゃなくて、冬の魔獣にも効くのでは……?」
思わず息をのむ。
心臓が高鳴った。
「作ろう……少しずつ試してみよう……!」
夢中で読み進めていると、不意に「甘青草」の項が目に飛び込んできた。
「……え、挿し木で増える? ……庭に植えられる?」
思わず笑みがこぼれる。
他の薬草も出来ないのか、探す。
ページを捲る手は止まらない。
しかし、気がつけば蝋燭の炎が小さくなり、外の風が夜更けを告げていた。
翌日から、リリアーナは調合室に籠もりきりだった。
朝から晩まで薬草を刻み、煮出し、粉を挽き、薬を玉に丸め……時折、部屋の外まで薬草との匂いが漂っていた。
四日目。ようやく姿を見せたリリアーナは、少しやつれながらも瞳だけは輝かせていた。
「魔獣対策の薬がいくつか出来たから、実際に確かめたいの…。森で」
言葉は淡々としていたが、声の底に熱があった。
エドモンドは即座に首を振った。
「危険だ」
「でも、検証は必要よ。机の上じゃわからない。魔鳥も狩れたらいいし、薬草も欲しい」
……メインは魔鳥だが。
「兵士に任せればいい。彼らは訓練を積んでいる」
リリアーナは真っすぐに見返した。
「……作った人は、確認する義務があるわ」
その瞳には一切の揺らぎがなかった。
折れない。エドモンドもまた、よく知っていた。付き添いたいが、時間がない。誰かを付けるのも難しい。
しばし沈黙の後、彼は深く息を吐いた。
「……わかった。だが条件がある」
「条件?」
「森は深くまで入らない。そして、治療薬を持って行く。自分の身を守る術を、全て用意してから」
リリアーナは目を瞬き、それから小さく笑った。
「……有難う」
リリアーナはすぐさま調合室へ駆け込んだ。
古い本を開き、机の上に瓶と薬草を並べ、刻み、煎じ、冷まし、魔力を流して瓶に詰める。
二時間後には、小さな瓶がいくつも並んでいた。淡い緑に光る液体は、怪我の治癒の力を宿していた。…北の国の薬だ。
「……出来た」
リリアーナの頬がぱっと明るくなる。
薬作成の積み重ねで、彼女の腕はまた一段と上達していた。
軽装に着替え、腰にナイフと小瓶を提げ、弓を背にかける。
髪を後ろでまとめて、リリアーナは軽やかに振り返った。
「行って来る!」
あっさりと言い残し、彼女は城を後にした。
残されたエドモンドは、深く椅子に沈み込む。
拳を握り、唇を噛みしめた。
「……なぜ、止めなかったんだ、俺は」
理屈では理解している。
彼女はもう、止めても動き出す。
けれど、胸の奥で渦巻くのは、後悔と不安と――彼女への誇らしさがない交ぜになった感情だった。
窓から見える森の影へ、エドモンドの視線は離れなかった。




