見慣れない矢
リリアーナが北国に来て2ヶ月が過ぎた。弓の練習は毎日続けた。エドモンドは次期領主としての仕事があり、常に一緒に練習とはいかない。腕を、頬を、耳を、傷つけ血を流しながらも決してリリアーナは練習を止めようとはしなかった。漸く、的に当たる回数が増えてきた。
ある日、リリアーナは矢を見ていた。矢といっても種類がある。狩猟用、大弓用、戦闘用の矢……その端に一本だけ、見慣れないものが混じっている。
「……羽根の色が違う?」
白でも茶でもなく、淡い青みと銀色を帯びた羽根。矢じりは鉄ではなく、石を割ったような質感をしていた。
なぜか心がざわついた。
翌日。
エドモンドが大弓の練習をしている場所に、その矢を持って行った。
「あの、これだけ違うの。どうして?」
エドモンドは矢を受け取り、しげしげと眺める。
「……俺も知らないな。誰か知っているか?」
近くで弓を引いていた兵の一人が声をあげた。
「ああ、それか。職人が置いていったやつだ。試作品だって言ってたが……他のと変わらんだろ」
エドモンド、矢を放ってみる。普通だった。
リリアーナは首を傾げ、矢を手に取る。
「……試してみて良い?」
「ああ」
弦を引き、矢を番える。
――その瞬間、矢が脈打つように魔力に馴染んだ。
リリアーナは驚きつつも、自然と魔力を矢に流し込んでいた。
放たれた矢は、空気を切り裂く音も澄んでいて、真っ直ぐと的の中心に突き刺さった。
「……!」
あまりの手応えに、リリアーナの心臓が高鳴る。
エドモンドは目を丸くして言った。
「リリアーナ、上手くなったな」
「違うの」リリアーナは首を振った。
「この矢が……すごいの。魔力が、馴染む……」
矢を抜き取り、胸に抱えながら彼女は決意に満ちた瞳で言った。
「職人に聞きたい。この矢について、知りたいの……」
三日後の朝、エドモンドがリリアーナを呼んだ。
「矢を作った職人がわかった。領内に住んではいるが、端の方だ。……気になるのなら、行ってみるか?」
リリアーナの瞳がぱっと輝いた。
「行きたい!」
「そうだろうと思った。今日は空けてあるんだ」
用意されたのは馬一頭。
リリアーナは不思議そうに首を傾げる。
「え? 馬車じゃないの?」
「道が悪い。馬車だと遠回りになるし、揺れて余計に疲れるだけだ」
そう言って、エドモンドは当然のように彼女に手を差し伸べた。
「一人で馬に乗れるか?」
「…乗れない。学院でも、授業でなかったし……」
むっと口を尖らせながらも、手を取って鞍に乗せて貰う。
エドモンドの前に座ると、思ったよりも高く揺れ、体が自然と彼に預けられた。
「落ちないように、しっかり掴まれ」
「……はい……!」
リリアーナは必死にしがみつく。
背中越しに伝わる体温。心臓が忙しく跳ねた。耳迄赤くなるリリアーナ。
エドモンドは小さく笑みを浮かべる。
(……可愛い。馬車にしなくてよかった)
馬は二人を乗せ、ゆっくりと領内の道を進んでいった。地面は全体に若草が顔を出している。
「夏に入ったの……?」
リリアーナが小さく呟いた。
「そうだ。ここでは春はあっという間だ」
エドモンドの声は落ち着いていて、どこか寂しげでもある。
「それでも……花はちゃんと咲くんだね」
リリアーナは揺れる馬上から、道端に咲く小さな黄色い花を指差した。
「ほら、あんなに小さいのに、頑張って咲いてる」
「……そうだな」
エドモンドはその言葉に頷き、ちらりと彼女を見た。
(……リリアーナみたいだ)
馬は短い春の景色を踏みしめながら、ゆっくりと職人の家へ向かって歩を進めていった。




