エピローグ
学院を後にしたリリアーナとエドモンドは、馬車に揺られながら都の喧騒を遠ざけていく。窓の外には、緑の丘や小川、時折見える森の影がゆったりと流れていた。リリアーナは鞄の中に入れた薬草や調合用の道具、そしてリュートを手に取り、ふと手を止める。
馬車の中は静かで、二人だけの時間がゆっくりと流れていた。リリアーナはまだ心のどこかで、学院生活での陰湿な嫌がらせを思い返していた。しかし、隣に座るエドモンドを見た瞬間、胸の奥に安心感が広がる。自分を無条件に受け入れてくれる存在――そんな気持ちが膨らむのを感じた。
その静寂を破るように、エドモンドが小さく声を漏らす。
「実は……学院の会で、君の歌声を聞いていたんだ。あの時から、ずっと気になっていた」
リリアーナは目を見開き、頬が真っ赤になる。思わずうつむき、声も震える。
「え……えっと……そ、それなら……これからは毎日でも弾き語りをします!」
エドモンドは微笑みながら、少しからかうように言った。
「楽しみにしてるよ」
馬車の揺れと共に、リリアーナは思わず小さな笑みを零す。長かった――心から安心して笑える場所を探し求めて、やっと見つけたんだ。これまでの苦労や孤独、泣いた夜も、今のこの瞬間と比べれば、すべてが遠い思い出のように感じられる。
外の風景が少しずつ北の大地へと変わり、雪をかぶった山々や凍った湖が見え始める。リリアーナは窓の外を見ながら、小さく手を握る。エドモンドの手も、そっと重なり合った。
「エドモンド様となら、どんな場所でもいい」と心の中で思う。
「薬草のことも、剣のことも、一緒に学べる。そして歌も……認めてくれた。だから怖くない」
「少し、エドモンド様の両親に会うのは不安だけれど……」
馬車の中で、二人の距離はさらに近づいた。リリアーナは胸の奥が温かくなるのを感じ、未来への希望でいっぱいになる。
ここには、心から笑える場所がある――そして、もうひとつ、誰かと分かち合える日常がある。
リリアーナは小さく、でも確かに笑った。
心の中で、北の大地に広がる薬草の森や、魔獣との対策、弾き語りの音色、剣の稽古の日々を想像する。
「これからは、毎日が新しい冒険だ」と心の中でつぶやき、馬車の窓から差し込む夕日を見つめる。
そして、リリアーナは確信する。
もう、心が震え、傷つくことを恐れる必要はない。どんな困難も、ここにいる人となら乗り越えられる――と。
馬車はゆっくりと北へ進む。リリアーナとエドモンドの新しい旅は、こうして静かに、しかし確かな希望の光の中で幕を開けた。




