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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第1章

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リリアーナ、エドモンドと会う

薬調合準備室にて


放課後。

調合室の準備室に向かったリリアーナは、扉の前で小さく深呼吸をした。

(大丈夫、大丈夫……先生が呼んでくれたんだもの)


ノックしようとした瞬間――背後に気配を感じた。

はっと振り返ると、そこに長身の青年が立っていた。


硬質な灰色の瞳。

冷たい地方特有の、白みがかった金髪。

精悍でありながら、どこか静かな雰囲気を纏ったその姿に、リリアーナは言葉を失った。


「……だ、誰?」

思わず声が出る。


青年は軽く一礼した。

「君こそ?」


戸惑ったまま、とりあえずリリアーナは扉をノックした。


「入りなさい」

中から教師の声が聞こえた。


二人で部屋に入ると、薬学教師はすぐに立ち上がった。

「来てくれてありがとう、エドモンド」



教師はリリアーナを見て、軽く紹介した。

「こちらはリリアーナだ。剣も学んでいるが、薬草や調合にも真剣でね。君に会わせたいと思った」


リリアーナは慌てて深く頭を下げ、小さな声で言った。

「……よ、よろしくお願いします」


エドモンドは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、柔らかく口元を緩めた。

「こちらこそ」


そこから、教師が本題を切り出した。

「さて。エドモンドの辺境伯領は、この国で最も寒冷だ。だが、他と気候が違うからこそ、珍しい植生に恵まれている」


エドモンドが頷き、穏やかな声で説明を補う。

「ええ。厳しい土地ですが、雪解けの頃には特有の薬草が芽吹きます。例えば――」


彼は実際に乾燥薬草の小袋を取り出した。……エドモンドは家訓で数種類の薬草を常に携帯していた。

白い霜を思わせる葉を見た瞬間、リリアーナの瞳はぱっと輝いた。

「……こんなに、細かい葉脈……! 初めて見ました!」


教師も興味深げに前のめりになった。

「これは珍しい……効能は?」


「解熱と、鎮静作用。だが調合にはコツがいる。」

「なるほど……」


二人の薬談義は止まらなかった。

リリアーナも次々と質問を投げかけ、エドモンドも誠実に答える。

教師すら満足するほどの内容に、部屋の空気は知識と情熱で満たされていった。


――だが、気づけば外は夕暮れ。


教師は腕を組んで小さく咳払いをした。

「……そろそろ時間だな。名残惜しいが今日はここまでにしよう」


「あっ……」

リリアーナは思わず声を漏らす。


教師が片付けを始める中、彼女は恐る恐る口を開いた。

「……もし、まだ質問があったら……またここで、話が出来ますか?」


エドモンドはわずかに驚いた表情を見せ、すぐに小さく笑った。

「……ええ、まだ話していないことは色々あります。場所の使用許可さえ頂ければ」



リリアーナは胸が高鳴るのを感じながら、精一杯の声で言った。

「もしよろしければ……お願いします」


エドモンドの灰色の瞳が、静かに彼女を見つめた。

「――喜んで」


あの日から二週間。

リリアーナは次の約束を心待ちにしていた。


「次回は、辺境から薬草や魔物素材を送ってもらう」――エドモンドがそう言ってくれたのだ。

彼の言葉を思い出すたび、胸の奥が熱くなる。


(どんな薬草なんだろう。どんな効能があるんだろう……)

考え始めると、嫌がらせの声も遠く霞んでいく。


相変わらず、昼食の席では一人だし、持ち物は勝手に動かされる。プリントがわざと配られない事もある。

だが、リリアーナは少しだけ余裕を持って受け流せるようになっていた。



机に向かう夜。

リリアーナは紙とペンを手に取った。


「質問事項をまとめておかないと……」

独り言を呟きながら、薬効の整理や調合の手順を書き留めていく。

頭の中は次に聞きたいことでいっぱいだ。


ふと手が止まった。


(そうだ……師匠に手紙を書こう)


リリアーナの胸を去来するのは、学院に来る前に世話になった調合師の姿。

温かい手で薬草の扱いを教えてくれた、優しい人。



学院に来てから書いた手紙は、涙の跡で文字が滲み、何度も書き直した。

苛められた日々、孤独に押し潰されそうな日々――弱音が溢れそうだった。


だが、今回は違う。


――筆は迷わず動いた。


『珍しい薬草の話を聞きました。素晴らしいのです。

もし入手できたら送りたいです』


書き終えた紙を見つめ、リリアーナは驚いた。


涙の染みが、一滴もない。

学院に来て初めてのことだった。


「……私、本当に楽しみにしてるんだ」


胸の奥に広がる、久しぶりの希望。

それは彼女の心に、じんわりと温かさを残していった。




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