王城での試し
リリアーナは城門をくぐりながら眉をひそめていた。
(……なんで、私? 課外学習の確認って言うけど、わざわざ城まで呼ぶ必要があるの?)
迎えたのは、王の側近と、屈強な鎧姿の男――騎士団長だった。
側近は柔らかい笑みを浮かべ、言葉を選ぶ。
「貴女の名は、近頃城内で耳にします。課外学習での活躍ぶりとか。今、女性騎士は少なく、貴女の事を是非とも知りたい」
リリアーナは息を呑んだ。
(……やっぱり、ただの“確認”じゃないわね)
応接間で、リリアーナのこれまでの経歴を問われる。
男爵令嬢として育ったこと、剣を冒険者に習い磨いてきたこと、魔獣についての知識。
騎士団長は無骨な顔にわずかな驚きを見せた。
「……冒険者か。魔獣にも詳しいな」
やがて稽古場に移され、試しの立ち合いが行われた。
剣を構えた騎士団長と向き合うと、空気が張り詰める。
「遠慮するな。全力で来い」
リリアーナは初手から魔力をのせて打ち込んだ。
数合、剣と剣が激しくぶつかる。
しかしやはり団長の余裕。最後には剣を弾かれ、息を切らせて立つことになった。
「悪くないな」
団長は短く告げた。その口元には、確かな評価があった。
だが、試験は終わらなかった。
側近が一歩進み出る。
「……最後に。剣も薬学も確かですが、もう一つ試したい。歌です」
リリアーナは目を瞬かせる。
「歌……?」
「はい。親善の場でも役立つ才です。ご安心を、リュートもご用意しました。ただ、弾き慣れぬようなら、声だけでも」
リリアーナは困惑した。
なぜ歌まで? 誰の差し金なのか――不信感は深まる。
だが、騎士団長や側近の視線は真剣で、拒む余地はなかった。
彼女の知らぬところで、王が物陰に隠れて静かにその様子を見守っていた。
差し出されたリュートを手に取り、リリアーナは目を丸くした。
古びた自分の楽器とは比べものにならない。磨かれた木肌は光を返し、弦を爪弾けば澄んだ音が広がった。
「……癖はありますけど、いい音です。きらきらしてる」
思わず感嘆の息を漏らし、彼女は顔を上げた。
「曲は……何をお聞きになりたいですか?」
「――悲恋の歌を」
側近が迷いなく指定する。
リリアーナは一瞬迷った。英雄の歌なら得意だが、悲恋の歌は胸の奥を削られる。
だが逃げ場はない。彼女は姿勢を正し、指先で和音を鳴らした。
静かな旋律に乗せて、少女の声が空気を震わせる。
「出逢いは花のように、別れは刃のように……」
恋に破れた乙女の痛み、届かぬ想いの切なさ――
その声は澄みきり、聴く者の胸を締めつけた。
側近は眼を閉じ、騎士団長は無言で顎に手を当てた。
奥に隠れていた王もまた、黙して耳を傾けていた。
やがて歌は終わり、沈黙が場を包む。
リリアーナはリュートを抱え、ぎこちなく息を整える。
リリアーナの歌が終わると、広間はしばし静まり返った。
やがて側近が柔らかな笑みを浮かべ、軽く手を叩いた。
「……見事でした。学院での評判に違わぬ出来栄えです」
騎士団長も「ご苦労だったな」と短く労いをかける。
リリアーナは緊張を解かぬまま、ぎこちなく礼を取った。
「ありがとうございます……」
その場はそれで終わり、彼女は退出を促される。
――広間に残されたのは側近と騎士団長だけ。
王が物陰から出てきた。
「……街でなら通るだろう。人を惹きつけるものはあった。だが――まだ浅い。宮廷に出すには足りぬ」
「だが……将来性はあるな」
リリアーナは帰る前、側近に呼び止められる。
「リリアーナ嬢、ひとつ伺ってもよろしいですかな」
「……はい?」
「貴女の将来の夢は?」
唐突な問いに、リリアーナは目を瞬いた。
剣を? 薬を? 歌を?
どれも胸にあるが、はっきり「これ」と言えるものは何もない。
「……わかりません」
小さな声で答えると、側近は優しく目を細めた。
「それで良い。今はまだ、考える時期なのでしょう。
急ぐことはありません――だが、よく考えることです。
いずれ道を選ぶのは、貴女自身なのですから」
リリアーナは小さく頷き、胸の奥がざわつくのを感じた。




