リリアーナ学院に行く
王立学院の入学試験の日。
広い試験会場に緊張しながら座ったリリアーナは、目の前の問題を見て一瞬手が止まった。
――難しい。
けれど、次の瞬間、屋敷で教わった教師の声が脳裏に響く。
「ここは論理を整理して……」「急がず、丁寧に」
書き進めるうちに、不思議と手が止まらなくなった。
結果は――優待生枠での合格。
学院が、学費と必要な補助を担ってくれるという特別待遇だ。
「……一人で勉強していたら、絶対に無理でした」
リリアーナは両手を握りしめた。
公爵家の教師陣、そして支えてくれたアデライドと公爵。
すべてがあったからこそ、自分はここまで来られたのだ。
けれど心の奥で苦しくなる。
――大きすぎる恩を受けてしまった。どうやって返せばいいのだろう?
そんな彼女の思いとは裏腹に、公爵は淡々と入学準備を進めてくれた。
制服や教材、寮に持ち込む生活道具。
一つ一つに気を配り、リリアーナの負担にならないよう整えてくれる。
実家の男爵家から、手紙が届いた。
「都に行くのも大変なこと、窮乏の折で……最低限の金子を送るから、それで用意して欲しい」
簡素な文面に、リリアーナは目を伏せた。
愛情よりも、冷たい現実ばかりが並んでいる。
――残念な親。
そう思いながらも、心の奥にかすかな痛みが残った。
「リリアーナ様、もうすぐ馬車が参ります」
屋敷の玄関で家令が声をかける。
荷物を抱えたリリアーナは、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました。学院で、必ず恥じないように頑張ります」
公爵は穏やかな笑みを浮かべ、ただ「行ってきなさい」とだけ告げた。
その言葉に背を押され、リリアーナは学院の門をくぐる。
いつしか、この恩は返します……。
寮生活の始まり。
新しい出会いと試練が待つ未来へ――小さな胸を高鳴らせながら。
学院に入学してしばらく。
リリアーナは授業で目立つことはなかったが、休み時間や実技の場で、ユリウスと話す姿がたまに見られた。
「リリアーナ、アデライドは勉強進んでいるのか?」
「はい、とても頑張ってました」
普通の話題だが、周囲の目にはただ仲良くしているように映る。
やがて――その視線の中に、王女のものがあった。
王女はユリウスと同学年。堂々たる態度に、生徒達は誰も逆らえない。
ある日の休み時間、彼女は取り巻きに言った。
「ねえ、ユリウスは私と釣り合う人よね」
「……」
「リリアーナさえいなければ、ユリウスはきっと私を見るわよね」
「……」
「わかるわよね?」
王女の声は甘やかだが、瞳は鋭く冷たい。
その場にいた生徒たちは、誰もが同意するかのようにうなずいた。
翌日から空気が変わった。
声をかけても返事がない。
食堂で席に着こうとすれば、椅子を取られる。
リリアーナの机に置いてあるはずの教科書が、別人の汚れた古い本に入れ替えられている。
書き込みも消されていて授業に支障が出るが、誰がやったかは分からない。
リリアーナの持ち物、インク、ハンカチなど、日常的に必要な小物が消える。
数日後、まるで偶然のように使われない倉庫や寮の隅から出てくる。
食堂で席に座ろうとすると、急に周囲が立ち上がり移動する。
声をかけても「ちょうど用事があるの」と笑顔でかわされる。
廊下を歩くと、背後でひそひそと囁かれ、くすくす笑い声がする。
内容は聞き取れないが、確実に自分のことだと分かる。
剣の訓練でペアを組む際、誰もリリアーナと組みたがらない。
無理に組んでも、相手はわざと流れを崩し「リリアーナさんが悪い」と責任を押し付ける。
小さな嫌がらせ。だが確実に、リリアーナを孤立させるためのものだった。
「……私が何をしたというの?」




