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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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セラフィーネ、もう一度泉へ

リリアーナは深夜まで、ひたすら珠に魔力を込め続けていた。

以前より魔力はかなり増えたはずなのに、それでも珠の容量があまりにも大きい。注いでも、注いでも、珠はなかなか自分の魔力の色に染まらなかった。


……かなり、厳しい……。

これ、もしかして王都での治癒よりも辛いのでは……?


そう思いながらも、リリアーナは一心不乱に魔力を送り続けた。

……もう、駄目。そして、限界まで力を使い果たし、そのまま眠りに落ちた。


目を覚ましたときには、朝になっていた。

恐る恐る珠を確認すると、どうにか魔力は満ちているようだった。


ほっと一息つき、リリアーナはそれをセラフィーネのもとへ持って行った。


「上出来ね」


珠を一目見たセラフィーネは、満足そうに頷いた。


「さて、オルフェウスに誰かを借りる相談をしましょうか」


そのとき、通りかかったエドモンドが口を開いた。


「その必要はない。俺が行く」


セラフィーネは訝しげに彼を見た。


「あなたが? どうして?」


「ラニアの存在は特殊だ。関わる人は少ない方がいい」


じろりとエドモンドを睨んだセラフィーネだったが、やがて肩をすくめる。


「……まあ、いいわ。よろしく。一時間後に出発するから、準備しておいて」


そう言って、彼女は踵を返した。


「もう、なのか」

エドモンドは緊張した声で言った。


「勿論よ。何のために来てると思ってるの」

セラフィーネは冷たく言い放った。


一時間後、膨らんだ鞄を抱えたセラフィーネとエドモンドは城を出立した。


「心配だから、私もついて行きます」


そう言って、リリアーナも同行を申し出た。

エドモンドは眉をひそめる。


「リリアーナ、城で待っていた方がいいんじゃないか?」


「私の代わりに、ラディンが泉の中にいるのですよ? 待ってなんていられません」


強い口調で言い切るリリアーナに、エドモンドは言葉を詰まらせた。


「……荷物持ちくらいには、なるんじゃない?」


セラフィーネがさらりと味方をする。

再びリリアーナが攫われるのではないかという不安がエドモンドの胸をよぎったが、二対一では分が悪い。結局、彼は折れるしかなかった。


「水は、冷たいぞ」


念を押すように言うエドモンドに、セラフィーネは平然と答える。


「大丈夫よ。潜るのは私。エドモンドには、ロープを引っ張る役をお願いするだけだから」


そう言った彼女は一度もエドモンドを見なかった。すでにセラフィーネの視線は、泉の奥――ラディンのいる場所だけを、まっすぐに捉えていた。



リリアーナは、セラフィーネの荷物の一つを持ちつつ歩いていた。

……ロープは分かるけれど、この袋の中身は何なのだろう? 布のようにも見えるけれど……。

泉――やっぱり、少し怖い。

ひやりとした不安が胸をよぎったが、それでも足を止めることはできなかった。



一行は泉に到着した。相変わらず、そこには魔力溜まり特有の重たい圧が満ちている。


「リリアーナ、その袋をちょうだい」


セラフィーネはそう言うと、受け取った袋を開き、その場で着替え始めた。


「……その服は?」


リリアーナは、今まで見たことのない装いに呆然とする。


「もともとはね、島で海に潜って貝やエビを採る人たちのために考えていた服なのよ」


セラフィーネは手早く身にまといながら答えた。


「長時間潜るのに適しているわ。水が冷たくても体を冷やさないの。この布は、泳ぐのも楽なのよ」


その服は、セラフィーネの身体にぴたりと密着していた。彼女は髪を三つ編みにし、それをくるくるとまとめて頭の上で団子にする。


「エドモンド、このロープを持ってて。私が二回引っ張ったら、すぐに全力で引き上げて」


真剣な眼差しを向けられ、エドモンドは短く頷いた。


「わかった」


「リリアーナは、決して泉の近くに来ないように」

セラフィーネは泉から離れて立っているリリアーナに言った。


……言われなくても無理だ。

リリアーナは、泉に近づく勇気など最初からなかった。


セラフィーネは鞄から取り出した袋を一つ手に取り、迷いなく泉へと身を沈めていった。


リリアーナとエドモンドは、言葉を交わすこともできず、セラフィーネが潜っていった後に残された波紋だけを、息を詰めて見つめていた。

泉はやがて静まり返り、ただ重く、澱んだ魔力の圧だけが周囲に満ちている。



セラフィーネは迷いなく泉の底へと向かった。目指すのは、ラニアとラディンがいる場所だ。

しかし、さらに潜ろうとした瞬間、身体が前へ進まなくなった。見えない何かに阻まれている。


――やっぱり、あるのね。


セラフィーネは持参した袋を開き、その中から珠を取り出した。

リリアーナの魔力を限界まで込めた、あの透明な珠。


――これなら、欲しいでしょう?


躊躇はなかった。セラフィーネはその珠を、見えない壁へと押し当てた。


次の瞬間、確かに存在していたはずの壁は、音もなく消え去った。


……やはり、そうね。


セラフィーネの視界に、ラニアとラディンの姿がはっきりと映った。迷うことなく、セラフィーネはラディンの腕を掴む。

――これで動かなければ、失敗。

そう覚悟を決め、慎重に、そっと引き寄せた。


ラディンの身体が、ゆらりと揺れた。


……いけるわ。


セラフィーネは目を閉じているラニアに向かって、押しつけるように珠を差し出し、その手を離した。支えを失った珠は、ゆっくりと泉の底へ沈もうとする。

珠を手放すと同時に、セラフィーネはラディンの身体に、不思議な模様が描かれた布を巻きつけ、素早くロープで固定した。


そして、合図のためにロープを二度、強く引く。


――早く、引き上げて。


そう願いながら、今度は自分の身体にも同じ模様の布を巻きつけた。そして、地上へと引き寄せられるラディンを守るように抱え込み、セラフィーネは全力で水を蹴った。


泉の底から、地上へ――。

彼を連れ戻すために。

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