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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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アグネッタはリリアーナの過去を知る

オルフェウスは三人――マルグリット、エドモンド、そしてリリアーナ――を小部屋に呼び集めた。

アグネッタにどこまで話すべきか。リリアーナが“精霊の愛し子”であること、そして泉に眠るラニアの存在まで知らせて良いのか、判断が必要だった。


最初に口を開いたのはエドモンドだった。


「……もしラニアが泉から現れたら、言い逃れはできません。隠しておいて疑われるより、先に打ち明けた方が良いでしょう」


続いて、リリアーナがおずおずと声を出した。


「師匠は……秘密にしてほしいとお願いすれば、絶対に守ってくれる人です。王城でも……わたしを、ずっと庇ってくれました」


オルフェウスは腕を組み、短く息を吐いた。


「人は複雑だ。本当に信じて良い相手かどうか、私には判断がつかない……」


そこで、静かだったマルグリットがそっと口を添えた。


「では、どうかしら。“話す前に、まず秘密を必ず守ると約束してもらう”……それなら、危険は少ないのでは?」


その提案に、室内にはしばし沈黙が落ちた。

けれど、それが現状で最も穏当な道であることを、全員が理解していた。


アグネッタの部屋で、リリアーナは師と向かい合っていた。

何から話せばいいのか分からない。それでも、説明は自分ですると申し出たのはリリアーナ自身だった。


沈黙が続くのを見て、アグネッタが穏やかに口を開く。

「難しく考えなくていいわ。この土地に来てから起きたことを、順番に話してくれる?」


その言葉に背中を押され、リリアーナは少しずつ語り始めた。

夏の魔鳥の襲来、冬の魔獣の襲来。甘甘草のお茶とその栽培。自分が精霊の愛し子だと分かったこと。眠り続けていた時期があったこと。セラフィーネの島を訪れたこと。そして、精霊と人間の性質を持つ存在――ラニアのこと。


言葉は拙く、うまく整理もできていなかったが、アグネッタは遮ることなく、ただ辛抱強く耳を傾けた。

ラニアと泉に眠っていたこと。リリアーナを助けたラディンが、その代わりに泉の中に留まっていること。


すべてを語り終えた頃には、アグネッタはこめかえを押さえていた。

……リリアーナが精霊の愛し子、ね。

それなら、あの異常な治癒能力も、繊細な魔力操作も納得がいく。


それにしても、よく無事でいられたものだ。思わず、不憫に感じてしまう。

……ラディンという男も、ずいぶんと巻き込まれやすい体質なのかもしれない。


――ただし。

最大の問題は、ラニアという存在だ。


聞いたこともない。書物にも記録がない。

そんな存在を抱えたまま、すべてを内緒にしておくというのは――あまりにも、重すぎる。


「……最初にお願いしましたが、他の方には絶対に、話さないでください、師匠」


リリアーナは不安を押し隠すように、はっきりと告げた。


「もちろんよ。約束は守るわ」


アグネッタは、ためらいもなく即答した。

――普通の人間なら、荒唐無稽な作り話だと一笑に付してもおかしくない内容だ。それでもアグネッタは疑わなかった。リリアーナが、嘘をつける性格ではないことを、誰よりもよく知っているからだ。


「みんなが待っているわ。夕食に行きましょう」


そう促され、リリアーナは小さく頷いた。


「……はい」


胸の奥に溜め込んでいたものを打ち明けられたせいか、リリアーナの表情はどこか軽くなっていた。ずっと言葉にできなかった真実を語ったことで、ほんの少しだけ、肩の力が抜けたのだった。



夕食を終えたあと、セラフィーネが当然のように口を開いた。


「リュートを聞かせてもらう予定だったわよね」


その一言で、リリアーナの動きが止まった。

――もしかして、今日は疲れて忘れてくれるかも。そんな淡い期待は、あっさりと打ち砕かれる。


「早く用意しなさい」


有無を言わせぬ声に、リリアーナは観念してリュートを手に取り、弦を弾き始めた。

しかし、演奏が進むにつれて、セラフィーネの笑顔は微動だにしなくなる。


一曲を弾き終えた瞬間、低く、底冷えのする声が落ちてきた。


「……よくぞ、ここまで腕が落ちたわね」


地の底から這い上がってくるようなその声音に、リリアーナは凍りつく。

――絶体絶命だ。


そのとき、救いの声が入った。


「王城では、リュートに触れる時間がなかったのよ。今回は勘弁してあげて」


アグネッタの言葉は、リリアーナにはまさに天の声に聞こえた。


セラフィーネは一瞬だけ目を伏せ、やがて小さく息を吐く。


「……仕方ないわね。今回だけよ。でも、明日からはみっちり練習してもらうから」


逃げ道は、ない。


「……返事は?」


鋭い視線に射抜かれ、リリアーナは小さく頷いた。


「……はい」


それ以上の言葉は、どうしても口にできなかった。


「そうそう、リリアーナにお願いがあるの」


セラフィーネはそう言うと、静かに鞄へ手を伸ばした。


「……何でしょう?」


リリアーナが身構えると、セラフィーネは中から、両手でも持て余しそうなほど大きな透明の珠を取り出した。月光を閉じ込めたかのように澄んでいて、淡く輝いている。


リリアーナは息を呑んだ。

――魔力を込めるための珠。

それは一目でわかった。けれど、この大きさのものは、これまで見たことがない。


「これに、リリアーナの魔力をいっぱいに込めてほしいの。一晩かけてでいいから」


あまりにもさらりと告げられた言葉に、リリアーナは珠とセラフィーネを交互に見つめた。


……いっぱい、とは。

この大きさで、いっぱいとは一体どれほどの魔力が必要なのだろう。……それを、一晩で?


思考が追いつかず、リリアーナは完全に固まった。


言葉を失ったままのリリアーナを前に、セラフィーネは意味ありげに微笑んでいた。

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