セラフィーネとアグネッタの会話
アグネッタの部屋に通されたセラフィーネは、扉が閉まった瞬間に問いかけた。
「どうして、リリアーナを遠ざけたのかしら?」
アグネッタはいつもの穏やかな微笑みのまま答えた。
「リリアーナに知られたくないことが、あるのでしょう?」
「……どうして、そう思うのかしら?」
セラフィーネがわずかに表情を曇らせると、アグネッタは肩をすくめるように言った。
「あら、わからないの? あなた、恋している乙女の顔をしているわよ」
その瞬間、セラフィーネの顔から血の気が引いた。
「……な、何を言っているのかしら?」
何とか平静を装おうとするが、声が震えていた。
「とぼけても無駄よ。昔のあなたと今のあなたは全然違うんだもの。どうせ、ここに来た理由も“男関係”でしょ?」
アグネッタの鋭い指摘に、セラフィーネは観念したように小さく息を吐いた。
「……理由があるのよ」
「聞かせてもらえるかしら?」
アグネッタはにっこりと微笑んだ。その目は、面白い物語の続きを心待ちにする読み手そのものだった。
(どうしてバレてしまったのかしら……)
内心でセラフィーネは頭を抱えていた。
しかし、すぐにセラフィーネは言った。
「でも……この話はやっぱりリリアーナの許可を得るべきだと思うわ」
「……なるほど。つまり、リリアーナが関係している。あなたが気にしている男は、リリアーナが好き……ということね?」
アグネッタはさらりと言った。
「それは、答えられないわ」
セラフィーネは慎重に言ったが、アグネッタにはその言葉は《はい》と同義に聞こえた。
「まあ、いいわ。詳しくはリリアーナ本人に聞くことにするわ。お互い、色々隠していたし、それは不問にしておくわね」
「ええ……」
「じゃあ、今までのことを全部知りたいわ」
アグネッタの声は弾んでいた。
こうして、二人の会話は夕方になるまで続いた。
元々、旧知の友だったのだ。素性を明かした二人はお互いに話が尽きなかった。
「まさか、セラフィーネが王女だったなんてね」
「アグネッタこそ、名高い調合師だったとは思わなかったわ」
ひとしきり語り尽くしたあと、二人は同時に吹き出して笑った。
男爵領地で過ごした日々は、互いに素性を伏せた“仮の姿”だった。
だが今は、ようやく肩の力を抜いて向き合える。年齢こそ離れているものの、やはり旧友というものはありがたい。
「じゃあ、アグネッタは冬の前に王都へ向かう予定なのね?」
セラフィーネが尋ねると、アグネッタは静かに頷いた。
「ええ、そのつもりよ」
「私は……彼を助け出せたら、島へ戻るわ」
セラフィーネは遠くを見つめるように言った。その横顔に、アグネッタは内心で「ほら、その顔」と思う。
——あらあらまあまあ。本気で恋をしている顔じゃないの。
思わず口元が緩むのを隠しもせず、アグネッタは言った。
「彼のことも、その他の事情も聞けなかったのは残念だけど……とても楽しい時間だったわ」
「私もよ。……そういえば、まだ領主に挨拶していないのだけれど?」
「あら、ごめんなさい。すっかり話し込んでしまったわね。じゃあ、一緒に行きましょう」
そうして二人は並んで歩き出し、オルフェウスのもとへと向かった。
オルフェウスは、セラフィーネ来訪の報せを聞くと、思わず眉を上げた。ずいぶん早い──そう思わずにはいられない。まだ春になったばかりで、泉の水は凍えるほど冷たい。とても、人が入れるような季節ではなかった。
「久しぶりだが、元気そうだな」
オルフェウスが声をかけると、セラフィーネは落ち着いた微笑みを返した。
「ええ。そちらも元気そうね。ところで──明日にでも泉へ行こうと思うのだけれど、人を貸してくれないかしら?」
「……もう行くのか? 水はまだ冷たいぞ」
思わず渋い声が出る。すると、セラフィーネは軽く肩をすくめた。
「対策はしてきたわ。それと……リリアーナの協力が必要なのだけれど、お願いできるかしら?」
「それは問題ないと思うが……」
オルフェウスはちらりと横を見る。アグネッタが静かに立っていた。──どうして彼女がここに?
セラフィーネが苦笑して言った。
「アグネッタと私は古い知り合いなのよ。まさかここで会うとは思っていなかったのだけれど」
アグネッタも楽しげに言葉を添える。
「それで、今夜は彼女を私の部屋に泊めてあげたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
……王妃から任された客人の願いを、どうやって断れるというのか。
「ええ、そのようにしましょう」
オルフェウスはそう答えた。
すると、アグネッタが続けて口を開いた。
「それと、泉の件についても詳しく伺いたいのですが」
ラニアの存在を教えてよいものか──オルフェウスは一瞬迷った。
「少し、相談してからでも良いかな?」
「ええ、もちろん」
アグネッタは柔らかく微笑んだ。
そうしてその夜、セラフィーネは城に泊まることとなった。




