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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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瘤の中には

観念したリリアーナは、渋々ながらも殺菌したナイフと清潔な布、小さな皿を手際よく準備した。初老の男性の袖をまくり、瘤の部分にそっと手を添える。


薄く魔力を流し込むと、あの異様な感覚が指先に広がる。


……やっぱり、気持ち悪いくらい変。

特にこの一点——ここが、いちばん強く“それ”を感じる。

……嫌だ。もしかして、全身にこの小さな変なのは、あるの………?

リリアーナは全身の毛が逆立った。 

ナイフを持つ手が、震える。

しかし、リリアーナ唇を噛むと、決意を固めて最も反応の強いその場所に、静かにナイフを走らせた。


アグネッタは息を呑み、切り開かれた傷口をのぞき込んだ。しかし、見える範囲には何の異常もない。

……普通の人と変わらないのでは?


初老の男性も痛みに顔をしかめつつ、特に変化を見つけられない様子だった。


「……何もないようだが」

付き人が凍りつくような声で言った。


そのときリリアーナは黙って付き人の手を取ると、そのまま初老の男性の傷口へ導いた。

——治癒能力者なら、この違和感がわかるはず。……きっと。


「な、何を……」

付き人は振り払おうとしたが、リリアーナの必死の雰囲気に動きを止めた。


「………瘤の中に……?」

付き人は目に見えない何かを探るように、魔力を集中させていく。


「……いや、まさか。しかし——」


そこまで言ったとき、傷口から落ちた血の一滴を、リリアーナが素早く皿で受け止めた。そして、それを付き人の目の前に差し出す。


付き人はしばらく血を凝視し——やがて低く呟いた。


「……そうだったのか」


すぐに顔つきを変え、「傷口を治します」と言って初老の男性の腕へ手をかざす。傷はあっという間に塞がった。

それでも付き人の視線は皿の血へと釘付けになっていた。


「君には、これがすぐに分かったのか?」

驚きと警戒の入り混じった声で問う。


リリアーナは小さく頷いた。


「……どういうことだ」

初老の男性が問い詰めるように尋ねる。


付き人は皿の血を見つめたまま、押し殺した声で言った。


「目に見えないほどの、非常に小さな虫がいます。瘤の部分には……大量に」


アグネッタの表情は固まったままだった。……私には、全く見えないわ。ただの血でしょう?虫?どこにいるのよ!?


「本当なのか?」

初老の男性が低い声で確認する。


「非常に小さいので、目では見えません。私は治癒を進めようとしたとき、微かに違和感を感じました。こうして血を分けてみると——はっきりと、人ではない“何か”が混じっているのが分かります。……あまりにも小さいので、指摘されなければずっとわからなかったでしょう」


付き人のその言葉に、部屋の空気は静かに、しかし確実に緊迫していった。


アグネッタは、先ほど選んだ薬草を静かに初老の男性の前へ差し出した。


「とある商人から入手した薬草です。体内の虫を殺す効果があると聞いております。ただし、まだ試したことはございません。そちらの治癒師と相談し、この薬草を使いつつ治療を進めるのがよろしいかと存じます」


初老の男性は髭に手を当て、考え込むように眉を寄せた。


「……治癒師でも、できることかあるのか?」


アグネッタは丁寧に言葉を選びながら答える。


「治癒師にも、それぞれ特化した能力があると伺っています。例えば……異物の排除に長けた者がいれば、効果的かと」


その言葉に、付き人がはっと顔を上げた。

初老の男性は深くうなずく。


「併用が良いのだな」


「ええ。すでに目に影響が出始めているのなら、急いだ方がよろしいでしょう」


すると初老の男性は、急に朗らかに笑った。


「ふははっ。噂は真実だったわけか」


……何の噂なの?

アグネッタもリリアーナも顔を見合わせたが、まったく見当がつかなかった。


初老の男性は先ほどまでと豹変し、矢継ぎ早に付き人に指示を出し始める。


「国に戻り次第、早急に治験を行うぞ。薬も追加で確保できるか調べろ。それから虫殺しの薬についても、ありとあらゆるものを調査しておけ」


「畏まりました」

付き人は深く頭を下げた。


「結果は追って知らせよう。良い時間だった」


そう言い残し、初老の男性と付き人は颯爽と部屋を後にした。


二人が姿を消した部屋には、アグネッタとリリアーナだけが残され、どちらも魂が抜けたようにぐったりと座り込んでいた。

いや、実際には少し会話をし、瘤を切っただけ――そう説明してしまえば簡単なのだが。


「……なんだか、とても疲れたわ」

アグネッタはうめくように言い、リリアーナも同意するように弱々しく頷いた。


だが二人とも、あの場で「ここで治せ」と言われなかったことに、心の底から安堵していた。

――あれは無理。絶対に。全身に広がっていたのだもの。思い出しただけで、身体が震える。あの場で対処するなんてとてもできない。

薬がどうか、どうか、効きますように……。

リリアーナは、祈るように目を閉じた。

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