リリアーナの感じたもの
「助手にも手伝ってもらうとは…?」
初老の男性が訝しげに眉を寄せた。
「私にとっては初めての症状です。見落としがあってはいけません。この助手は、なかなか鋭いところがあるのですよ」
アグネッタがさらりと言うと、男性と付き人は同時にリリアーナへ視線を向けた。二人とも「本当に?」と言いたげな、半信半疑の表情を浮かべている。
……師匠、おかしなことを言わないでください。
リリアーナの背中には、じわりと嫌な汗がにじんだ。
まずアグネッタが男性の腕にそっと触れ、慎重に症状を確かめる。
……どうして、こんな症状が出るのかしら?
やはりアグネッタにも判断はつかない。
「ナナ、触ってみて。そっとよ」
アグネッタが促す。
リリアーナは緊張を押し隠しながら、そっと患部に触れ、魔力を薄く流し込んだ。
……何? これは——?
思わず息を呑む。今まで誰かの身体に触れて魔力を流したときには感じたことのない、異質な感覚があったのだ。特に瘤になっている部分——そこには、小さな異物のようなものが無数に集まっているように感じられ、リリアーナはひどく混乱した。
アグネッタは、リリアーナの手が小刻みに震えていることに気づいた。
「……少し、用意したいことがありますので席を外します」
そう言ってさりげなく切り上げ、リリアーナを伴って薬草の保管室へ向かった。
扉を閉めると同時に、アグネッタは声を潜めて尋ねた。
「……どうしたの?」
リリアーナは言葉に詰まり、用意された紙に震える手で文字を書いた。
『あの瘤の部分には、何かあります。人ではないはずのものが』
その文字を読んだアグネッタは、思わず目を瞬いた。
「……それは、水とか、そういったもの?」
リリアーナはすぐに首を振り、さらに書き加えた。
『微かに動いたから、生き物かと?』
アグネッタは絶句した。
まさか——そんなはずはない。身体の中に、他の生き物などいるわけが……。
しかし、リリアーナの感覚が誤っていると証明できるものもない。
アグネッタは眉をひそめ、深くため息をついた。しばらく沈黙ののち、アグネッタは先日礼として受け取った珍しい薬草を薬棚から取り出した。
「……戻るわ」
そう告げてリリアーナとともに部屋に戻ると、初老の男性と付き人は微動だにせず待っていた。
アグネッタはまっすぐ男性を見て問いかけた。
「お伺いしますが、お身体に傷をつけることは許されますか?」
まず許可は下りないだろう——そう思いつつ、あえて切り出した言葉だった。
「……どういうことだ?」
付き人が険しい表情で問い返す。
アグネッタは感情を抑えた声で続けた。
「この瘤に違和感を感じるのです。そちらの国では、この瘤を切り開いて中を確かめたりはしませんか?」
「そんなことは、しない」
付き人がきっぱりと言い放つ。
「……どうしてでしょうか? もし中に何かあるのだとしたら、外に出した方が良い、そう判断しないのですか?」
アグネッタの問いに、付き人は苛立ちを滲ませた声で返した。
「だからと言って、わざわざ切るなどとは、しない」
そのときまで黙っていた初老の男性が、ゆっくり口を開いた。
「……瘤の中に、答えがあるのか?」
アグネッタは淡々と答える。
「それは、可能性の話です」
「あるのだな」
初老の男性の声音には、ほんのわずか圧力がこめられていた。だがアグネッタは一歩も引かず、表情すら変えずに言った。
「切ったら、わかるでしょう」
初老の男性は付き人に目をやる。
「お前は治癒能力があったな。軽い傷なら、すぐに治せるか」
「しかし、それは……」
付き人は躊躇いを隠せない。
「ここにはほかに人はいない。話さなければ良いのさ」
初老の男性はニヤリと笑った。その笑みに、付き人の顔はみるみる青ざめていく。
「気になるのなら、切ってもらおうか」
初老の男性は、まるで天気の話でもするような軽い声で言った。
……本気なの?
アグネッタは一瞬、めまいを覚えた。
しかし、アグネッタの表情はまったく揺らがなかった。
「ナナ、処置を」
即座に、迷いのない声で命じる。
……え。私が切るのですか?
あの、どう見ても高貴な身分の方を——?
見て下さい、あの指輪。絶対、絶対に高価ですよ?
リリアーナは思わずすがる様にアグネッタを見上げたが、返ってきたのは「返事は"はい"のみよ」と、真剣そのものの眼差しだった。
………師匠、本気ですね。




