ストロベリーブロンドの髪
王国の隣国のとある名門には、ふたりの美しい姉妹がいた。
陽光を浴びると金色に溶けるストロベリーブロンドの髪は、姉妹の象徴だった。
姉は特に愛らしく、王都でも「紅薔薇の姫」と呼ばれていた。
しかし、幸福な日々はある冬を境に崩れ始める。姉の首の後ろ側に、小さな腫瘍が現れたのだ。
最初は誰も気にしなかった。
ただの腫れだと思われていた。
だが、季節が変わるたびに腫瘍は大きくなり、肌を押し上げるようにして形を主張し始めた。両親は慌てて色々な薬を試したのだが、効果は無かった。
「お嬢様……どうか、外出は控えられた方が……」
使用人が目をそらしながら言う。
その視線の意味を、幼い姉は理解できなかった。
姉が十二歳になった年。
王都の夜会に招かれた姉妹は、初めて露骨な侮蔑の視線を浴びた。
「まあ……あれが長女? 見るに堪えないわ」
「妹はあんなに可愛らしいのに、姉は……哀れね」
姉は震える手でドレスの肩紐を掴んだ。
腫瘍を隠すため、母が特注したレースの襟をつけていたが、それでも人々は囁いた。
妹は必死に姉を庇おうとしたが、まだ九歳の彼女にはどうすることもできなかった。
「やめて! お姉様をそんなふうに言わないで!」
「まあ、小さな妹まで必死ね。可哀想に」
笑い声は澄んでいて、残酷だった。
嫌な噂は屋敷にも広まった。
「このままでは家の体面が台無しだ」
「長女を人前から遠ざけるべきです」
母は悩んだ。父は苛立った。
そして家中の空気は、いつしか姉を遠ざける方向へ傾いた。
家庭教師は、姉ではなく妹に重点を置くようになった。舞踏会の衣装はすべて妹のものが先に仕立てられた。使用人の中には、姉を“触れるのを嫌がる”者さえ出た。
姉は毎日うつむいた。
声を出せば泣いてしまいそうだった。
だが一番辛かったのは――妹にまで影響が及び始めたことだった。
ある日のこと。
家庭教師が妹の勉強を見ながら、何気なく言った。
「あなたほど可愛らしい子が、なぜあのお姉さんの世話など……。本当なら、もっと王都で愛されるべきなのよ?」
妹は顔を赤くして怒った。
「お姉様を侮辱しないで!」
その瞬間、ぱしん、と乾いた音が響いた。
家庭教師が妹の頬を叩いたのだ。
「貴族の娘が大声を出すなど! あなたが姉を庇うほど、家の面目は潰れるのですよ!」
その後も、妹の授業だけが異常に厳しくなり、 罰だと食事を抜かれることさえあり、「姉と距離を置け」と繰り返し強要された。
幼い心に負担がかかった妹は、ある夜ついに泣きながら姉の部屋に走り寄り、抱きついた。
「お姉様、わたし、嫌なの……! お姉様を悪く言われるのも、離れろって言われるのも……!」
姉は震えながら妹を抱きしめた。
「……ごめんね。全部、わたしのせいだわ……」
その涙は長い時間止まらなかった。
姉は意を決して母に訴えた。
私は死んでもいい。だから、妹だけは、今の状態から解放してあげて、と。
妹の不調を、姉の嘆きを知った母は、そこでようやく姉に向き合った。
「……ごめんなさい。あなたの苦しみを、見ないふりしていたわ」
母は、国の有名な治癒師に姉の腫瘍の治療を頼んだ。治癒師は腫瘍を鋭いナイフで切り取り、うっすらと皮膚を再生させ、薬を塗った。「……これで、大丈夫でしょう」
姉は、気を失いそうな激しい痛みに、愚痴ひとつ溢すことなく耐えた。しかし、日を重ねていくと、腫瘍は再び現れた。
姉は一人、夜中に泣いた。何日も、何日も。
そして母は最後の望みにすがるように、隣の国の王妃………かつての親友に手紙を書いた。彼女の立場なら、何か良い方法を持っているかもしれない…。
王妃からの返事は、早かった。優秀な調合師紹介しましょう、と。
姉は付き人と共に隣国へと旅立った。付き人は、姉に対して同情する数少ない人だった。
薬は、処置された。
約束の日、姉が鏡を見ると――
腫瘍は、跡形もなく消えていた。
「……本当に……?」
姉は震える指で何度も首を触った。
妹は泣きながら姉にしがみついた。
「お姉様……! お姉様……!」
付き人は、その光景に涙した。母もまた涙を流し、家族は何度も抱き合った。
家族は、王妃と隣国の調合師に深く感謝した。
王都の夜会に再び姿を現した姉は、以前とは比べものにならないほど凛としていた。
「まあ……あの子、あんなに輝いて……!」
「腫れがあったなんて信じられないわ」
「妹の方も可憐だこと!」
だが、姉の瞳は人々の噂に揺れなかった。
なぜなら彼女は知っていた。
――自分の価値は、人々のささやきでは決まらない。
姉妹は時に手を取り合い、時に笑いながら、ゆっくりと前へ進んでいった。
そして数年後、姉は治癒の学びを深め、自らも誰かを癒せる存在へと成長する。その道は困難を極めたが 姉の決意は固かった。
妹は姉の背を誇りに思いながら、何かある時
必ず姉を支えた。
薄紅の髪が二つ並んで揺れたとき、日の光は二人の未来を祝福するように降り注いでいたという。




