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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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心臓に悪い話

「まずは、これを飲んでください」


アグネッタが差し出した器を、彼女はおびえの色を残しながらも素直に受け取り、一息に飲み下した。やがて瞼が重く落ち始めると、診察台へとうつ伏せに横たわる。


反応が完全に消えたのを確かめてから、リリアーナは無言で自らのナイフを取り出した。


リリアーナはそっとベールを外し、彼女の腫瘍を目を細めて見ていた。そして、息を大きく吸った後、迷いのない手つきで腫れ上がった部分を、周囲の肉ごと大きく切り取っていった。


アグネッタは思わず目を大きく見開き、「ひゅっ」と短く息を呑んだ。

………ちょっと、上だけを少し取り除くのじゃないの?


だがリリアーナは一切の躊躇を見せない。

削ぎ落としたそばから、治癒をかけて血を止めていく。


切れ味の鋭いナイフで断面が走った瞬間は、血がほとんど浮かばない。浮かぶ前に治癒されていく様子は、まるで──彼女から流れ出る一滴すら、リリアーナが許していないかのようだった。


そして、切除した棄てられた腫瘍と肉の部分の端からは、じわりと赤いものが滲み始めた。


アグネッタは固く唇を結び、リリアーナの手元を見つめ続けた。冗談ひとつ許さないほど真剣で、切り取ったばかりの腫瘍の跡を鋭く見つめている。


リリアーナは、静かに片手をかざし続けた。

──肉が再生し、皮膚が織りあがっていく。


アグネッタは、息をすることさえ忘れるほどの驚愕を覚えた。目の前で起きているのは、彼女が知る誰の治癒よりも早い。……再生。


リリアーナの額から汗が一筋、二筋と流れ落ち、床に落ちて小さな音を立てた。

それでも彼女の意識は一点に集中している。


やがて──アグネッタの目には、もうどこが患部だったのか判別できないほどになった。


その瞬間、リリアーナがアグネッタを見た。

「終わりました」と告げるように、静かに頷く。


アグネッタははっとして、改めてその跡を見る。そこには、まるで生まれたてのように綺麗な肌が広がっていた。


アグネッタは無言で切除した腫瘍を何重にも布で包み、完全にソレがわからぬように隠す。

続いて、再生したばかりの肌の上に、調合したばかりのどろりとした塗り薬を慎重に塗り始めた。


その様子を見て、リリアーナは小さく眉を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべた。


「……綺麗になりすぎよ」

アグネッタは小声で呟いた。

「この薬草は成分が薄いけれど──隠すには最適だわ」


手早く塗り薬を広げると、すぐに布を当て、包帯をぐるぐると巻いていく。

その手つきは淀みなく、迷いがなかった。


しばらくして、処置を受けていた彼女がゆっくりと意識を取り戻した。

アグネッタは付き人を呼び寄せる。


「処置は終わりました。これから一週間は、包帯を外さないで下さい。薬がゆっくりと患部に浸透していきますので」


付き人は驚いたように眉をひそめた。

「そんな……毎日塗り直した方が良いのではありませんか?」


アグネッタは静かに、しかし押し返すような強さを込めて言った。

「そのような処置をする時もあります。でも、彼女の症状は少々違います。一週間、外気に触れさせては決していけません。本当に──大事な時期なのです」


最後の一言には、凄みすらにじんでいた。

付き人は口を閉ざし、しばしの沈黙のあと、深く頷いた。


「……そのように、いたします」


彼女と付き人が部屋を去って静けさが戻ると、アグネッタはゆっくりと肩の力を抜き、リリアーナへ向き直った。


「……あなた、私の心臓を止めるつもりなのかしら?」


その声音は冗談めいているのに、どこか本気の震えが混ざっていた。リリアーナは勢いよく首を横に振る。ぶんぶんと、必死に。


アグネッタはふぅ、と長い息を吐いた。

そして、堪えきれないように笑みを浮かべる。


「本当に……。でも、よく出来たわ」


その言葉に、リリアーナの肩がわずかに震えた。安堵と、認められた喜びが同時にこみ上げた。



──一週間後。


アグネッタの元に駆け込むようにして速報が届いた。

「腫瘍が……綺麗に、完全になくなってます、と連絡が来ました」


包帯を取り除き、腫瘍の跡を見た彼女と付き人は、その場で涙を溢れさせて喜んだらしい。その知らせを聞き、アグネッタは胸を撫で下ろした。


「……どうやら、途中でバレずに済んだみたいね」


小さく呟く声は、安堵と誇らしさで震えていた。



彼女の腫瘍が跡形もなく消えたという話は、王妃の耳にも届き、アグネッタとリリアーナは早々に王妃の私室へ呼び出されることとなった。


「素晴らしい腕前ね」


王妃は柔らかく微笑み、アグネッタに視線を向ける。アグネッタは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


王妃は侍女に軽く合図を送り、静かに命じた。


「人払いを。──リリアーナ、自由にしていいわ」


室内が完全に静まり返ったところで、王妃は椅子に肘をつき、興味深そうに二人を見つめた。


「さて、本当は何をしたのかしら?」


好奇心に満ちた声音だった。

リリアーナは思わずアグネッタへ視線を送る。……話していいのだろうか。アグネッタは小さくため息をつき、念を押すように王妃へ尋ねた。


「本当に、人払いはしてあるのでしょうね?」


「もちろんよ。だからこそ、聞きたいの」


逃がす気はない、とでも言うような王妃の笑み。アグネッタは観念したように肩を落とした。


「……では、リリアーナが行った処置をお話しします」


淡々とした説明が続く。それは普通の治癒師なら尻込みするほどの内容だった。


王妃は聞き終えると、深く息をついた。


「……それは、凄いわね。本当に」


そして少し真剣な表情になり、問う。


「再発はしないのかしら?」


リリアーナは言葉を選びながら答えた。


「出来る限り、腫瘍らしきものは取り除いたはずです。でも……もし再発したら、次は厳しいです」


アグネッタも頷きながら言う。


「同じ処置をもう一度は、できれば避けたいわ。心臓に悪すぎるもの」


「確かに、ね……」


王妃も、しみじみとため息をついた。


その横で、リリアーナはふと首をかしげた。

(……あれ? 最善を尽くしたけれど……何かおかしい?)


「……貴人の身体を躊躇い無く切る行為は、治癒のためとはいえ、普通の人は恐怖です」

という意思を、アグネッタはリリアーナに目で訴えたのだか、全く届いていなかった。



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