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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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調合室が作られました

宰相は胸に宿した熱意のまま王妃の前に進み出た。だが、向けられた冷ややかな眼差しに、思わず――しまったか、と胸の内でつぶやく。


「私に面会とは、何のご用でしょう? そんなに急ぎなのですか?」

王妃は涼しい声音で問いかけた。


「アグネッタ殿について、少々伺いたいことがございまして。よろしいでしょうか?」

宰相は丁寧に頭を下げる。


「……何を知りたいのかしら?」


「まず、姿を消していたアグネッタ殿を、いかにして見つけられたのですか?」


王妃は宰相をじろりと見据え、ゆっくりと言った。


「私の情報網からですわ。女性には、女性の情報網というものがありましてよ?」


「なるほど……。では、どうしてこの時期に?」


王妃は短く息をついた。


「彼女の許可が降りたのが、この期間だったのです。彼女も、もう昔のように若くはありませんから」


宰相はさらに踏み込む。


「あれほどの腕前が、期間限定とは……惜しいのでは?」


王妃は静かに微笑んだ。


「王都には他にも調合師がいますもの。彼らの仕事を奪うわけにはまいりません。アグネッタには貴人や要人専門で動いてもらうつもりです。その方が、彼女自身の価値も上がりますでしょう?」


もっともらしい言葉だった。

しかし――本当にそうなのか?


宰相の胸には、まだ拭えない疑念が残った。




王妃と宰相が重々しい駆け引きを続けているその頃――

リリアーナはというと、アグネッタに完全に顎で使われていた。


「届いた薬草は今日中に全部並べるわよ。王妃様が特別に調合室を用意してくださったんだから……ほら、手を止めない!」

アグネッタがぱん、と手を叩いて指示を飛ばす。


調合室には新しい棚がずらりと設置され、積まれた木箱にぎっしり詰め込まれた薬草や道具が山と積まれていた。


「……師匠、今日は無理だと思うのですが?」

リリアーナが恐る恐る言うと、


「何を言っているの。無理じゃなくて、やるのよ。明日、もう一人診ることになったんだから。『しばらくは何もしなくていいわ』って言っていたのに……話が違うわ、本当に」

アグネッタはぴしゃりと言い返した。


――これは、これ以上怒らせてはいけない。


リリアーナは全身で悟り、無言でせっせと薬草を箱から取り出しては棚へ並べ始める。


「男爵領にあった調合室と同じ順番で並べるのよ。分類が狂うとやりづらくなるから」

アグネッタが横から口を出す。


しかし、アグネッタ自身はというと、優雅な動作でひとつひとつ薬草の品質を確かめながら、ほとんど身体を動かしていない。

対照的にリリアーナは、もはや全身運動に近い作業で汗が滲んできていた。


そんな中、ふと気づく。


「……アグネッタ様。瑠璃色ほうき草が、こんなにもあるのですが?」

珍しい高級薬草の束が、棚いっぱいになるほど積まれている。


「あら? 何がどれほど必要になるかわからないでしょう? 多めにあって困ることはないのよ」

アグネッタはさらりと、罪の意識ゼロの声で言った。


リリアーナは思わず周囲を見渡した。


あれも──高級薬草。

これも──値段がもうひとつ跳ね上がるやつ。

そして向こうの箱には──目を疑うような貴重品。


そっと視線をアグネッタへ戻すと……


アグネッタは超高級薬草の瓶を手に取り、うっとりした表情で眺めていた。


――あ、完全に趣味に走っている。


リリアーナは心の中で静かにため息をついた。


明らかに、男爵領の調合室とは比べものにならないほど質も量も種類も豊富な薬草を、リリアーナは何とか棚へ押し込み終えた。外はすっかり暗くなり、部屋のランプだけが淡く揺れている。


……お腹、空いた。疲れた。


その心の声を読んだかのように、アグネッタが言った。


「リリアーナ、お腹が空いたでしょう? 食事をここに運ぶように手配しておいたわ」


……ここで食べるのですか?

いや、薬草の匂いは好きだけれど……。


そう思っているうちに、軽く食べられる料理が運ばれてきた。アグネッタは人払いをして扉を閉めると、リリアーナと向き合って席に着いた。


「さて、食べましょう。リリアーナ、普通に会話できるのは今日が最後かもしれないわ」


「……どういうことでしょうか?」


アグネッタは静かに息を吐いた。


「恐らく、宰相が探りを入れてくるわ。私の“保護”とかいう名目で、人をつけるでしょうね」


リリアーナは眉を寄せて尋ねた。


「……つまり、私はナナとして過ごすのですか?」


「そうよ。私の弟子、ナナとしてね。でも治癒については、思ったようにしていいわ。何かあれば私が責任を取るから」


リリアーナは首を振った。


「師匠に責任を負わせることはできません」


アグネッタはリリアーナをまっすぐ見返した。


「違うわ。弟子の責任は、師である私の責任よ。あなたは自分の能力にもっと自信を持ちなさい。そして、常に最良を尽くしなさい」


その言葉は静かでありながら、揺るぎない信頼と覚悟がこもっていた。


「……わかりました」


リリアーナは胸が熱くなるのを感じた。

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