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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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宰相の、肩の痛みの原因

アグネッタは調合を終えた薬をリリアーナに渡し、囁くような声で言った。


「私の見立てでは……酷い肩凝りか、四十肩ね。肩凝りなら普通の薬草で十分だし、四十肩なら時間が経てば自然に治るはずなのだけど。」


リリアーナは用意されていた紙にさらさらと筆を走らせる。


《私もそう思います。ただ、違和感があるのでもう少し確認したいです》


アグネッタは訝しげに眉を寄せ、リリアーナをじっと見つめた。


「……任せるわ。」


その言葉に小さく頷いて、リリアーナは宰相の前へ進む。


「薬を塗らせるから、そのままお待ちいただけますか?」

アグネッタがそう言うと、リリアーナは一礼し、静かに宰相の肩へ薬を塗り始めた。


そっと魔力を流してみる。

肩の血の巡りは悪い。確かに凝っている。

けれど──違う。薄く、広く魔力を流してちる。

……首がおかしい。


あの時、王妃の付き人の腰に触れたときと、どこか似た違和感。それが宰相の“首”にある。

リリアーナはためらいなく首にも薬を伸ばした。


「おい、そこは肩じゃないぞ。」

宰相が怪訝そうに言う。


「私が指示を出したのです。黙っていていただけますか?」

アグネッタが鋭い声で遮った。


リリアーナはその隙に、首と肩へ治癒の魔力を流し込む。……時間はかけられない。


手の動きはあくまでも静かに、丁寧に。

だが魔力だけは奔る滝のように、一気に治癒を加速させた。

全て終えると、リリアーナはアグネッタの元へすっと下がった。


「宰相、どうでしょうか?」

アグネッタが落ち着いた声で問いかけた。

宰相は肩をゆっくり回し──目を見開いた。


「……肩の痛みが、感じない。」


驚愕そのものの表情だった。


「薬草は即効性が薄いものです。ですが──ナナの魔力を馴染ませることで、効果が早く出るようになりました。ただ、完全に治ったわけではありません。あと十日は、毎日薬を塗ってください。」


アグネッタは理路整然と、さも当然のように説明する。


……師匠、詐欺師にもなれます。

どうして即興でそんな理屈が出てくるんですか。

リリアーナは半ば呆れつつも、その巧みな話術に感心した。


「……そうか。王妃様が認めたわけだ。」

宰相は満足げに頷いた。


「ご理解いただけて何よりです。」

アグネッタは完璧な礼をして、宰相を下がらせた。

宰相が完全に部屋から出たのを確認して、アグネッタはリリアーナの袖を軽く引き、耳元声で囁いた。


「……いったい、何をしたのかしら?」


リリアーナも同じように声を落とし、淡々と答えた。


「首に、強い違和感を感じました。恐らく、そこが原因で肩に痛みが出ていたのだと思います。だから肩は魔力で血流をよくして、首には──王妃様の付き人に施した治癒を、同じように使いました。」


アグネッタは、その言葉に思わず瞠目した。

まさか、ここまで精密に治癒の箇所を特定し、そして瞬時に治しきるほどの能力があるとは。


(……これは、王妃様が言っていた以上じゃないの。)


……治癒に関しては、城の誰よりも有能かもしれない。国王がリリアーナを治癒専門として抱え込みたいと考えるのも納得できる。


だがアグネッタは視線をリリアーナに戻し、

その表情を見た瞬間に、別のため息を飲み込んだ。


リリアーナはいつも通り、きょとんとした顔で、自分が今しがたどれほどの“功績”を上げたのか全く理解していない様子だった。


……ああ、この子は駄目だわ。


アグネッタは直感した。

治癒の才能は確かに天賦のもの。だが、陰謀と策謀が渦巻く王都や貴族という世界では──こういった「無自覚な才能」は、最も危険を呼び込む。


権力者に利用され、目ざとい者に疎まれ、

気づかぬうちに面倒ごとの中心に立たされてしまうタイプだ。

アグネッタは深々とため息をついた。


(……冬の間は、私が庇うしかないわね。)


そう心の中で決め、師匠として、そして一人の大人として、リリアーナを守る覚悟をゆるりと固めたのだった。




宰相は、長い城の廊下を歩きながら思案していた。

肩の痛みなど、最初はただの肩こりだと思っていた。実際、すでに別の調合師に薬を処方してもらっていた。しかし――まるで改善の兆しがなかった。


そんな折、王妃が「特別な調合師を冬の間だけ城に滞在させる」と言い出したのだ。

宰相にとっては迷惑以外の何ものでもなかった。どうせ治らないに決まっている――最初からそう思って、王妃に進言した。無能ならば、すぐにでも追い返すつもりだった。


だが。


「……まさか、ここまでとはな」


わずか一度の施術で、あれほど頑固だった痛みが霧のように消えた。驚愕はすぐに計算へと変わり、計算は次第に確信へと変わる。


――絶対に使える。


宰相は抑えきれぬ高揚を胸に、思わず小さく独り言を漏らした。歩みが、先ほどよりわずかに軽くなっていた。


問題は――王妃である。

かつて王都で名を馳せたあの調合師を、いったいどうやって探し出し、しかも城へ連れてきたのか。あれほどの腕前なら、冬だけの滞在では明らかに惜しい。

それに……国王はなぜ、王妃の申し出をあっさりと受け入れたのだ。


宰相は歩みを止め、静かに結論を下す。

――王妃が采配しているのなら、直接確かめに行くのが最も早い。


王妃の意図、調合師との関係、そして背後にある思惑を――すべて。


そう決めた宰相は、即座に王妃への面会を求めた。


「……陛下の御前ならともかく、私室での面会は好まないのですけれどね」


王妃は、渋々ながらも宰相の面会を受けることに応じたのだった。

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