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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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アグネッタの弟子

翌朝。

リリアーナが本を抱えて部屋に入るや否や、アグネッタの薬草知識の確認が始まった。その結果、アグネッタはため息をついて言った。


「リリアーナ、この本の半分しか薬草の名前を覚えていないわね。四百種類は覚えるように言ったのを……忘れてしまったのかしら?」


視線が突き刺さる。

一度は覚えた薬草の知識──しかし使わなければ記憶は薄れる。

“北の領地とか島にいた間に、全部抜け落ちました”などと言えるはずもなく、リリアーナは口をつぐんだ。


「この冬の間に、必ず覚えなさい。……もしかして、うろ覚えで薬草を調合したりしていないでしょうね?」


リリアーナの胸がどくりと跳ねる。

身に覚えが、大いにあった。

あの島で、海岸で摘んだ薬草を“なんとなく”混ぜて、しかも人に飲ませていたのだ。

……あの時、そんな変な事にはなっていなかったはず。確か…。


沈黙を続けるリリアーナを見て、アグネッタは長い、深い、諦め混じりのため息を吐いた。


「沈黙は肯定の証拠よ。……いい? これからは“私の弟子”と名乗る以上、さらに厳しくするわ」


──まさか、これ以上厳しくなるの?

リリアーナはそっとアグネッタを横目でうかがった。


アグネッタの瞳は不敵に細められ、獲物を逃す気が一切ない、鋭い光を宿していた。


「午後からは宰相を診る予定だから。」

アグネッタは薬草を整えながら、さらりと言った。


「王妃様のお話では、宰相は私たちの能力に疑問があるそうよ。──“二人を城に留め置く価値が、本当に経費以上にあるのか”ですって。だから自ら実験台になってくださるそうよ。薬草も十分揃っていないのに、わりと無茶を言うわね」


淡々と言い切る口調とは裏腹に、アグネッタの指先はぴたりと止まり、わずかに眉が寄った。


「……私は、何をすれば良いのでしょうか?」

リリアーナはおそるおそる尋ねた。


「もちろん、私の助手よ。」

アグネッタは即答した。


そして、ふと思いついたように言葉を続けた。


「名前を呼べないから……そうね、“ナナ”と呼ぶわ。最後さえ聞けば反応できるでしょう?」


……師匠、それはあんまりです。

リリアーナは心の中で崩れ落ちたが、口にはできない。


「わかりました。」

温度のない声が、自分の口から淡々と漏れる。


「そうそう、このベールをつけて頂戴。」

アグネッタは薄い布を差し出した。

淡い色で薄手だが、顔の判別は十分に難しくなる。


「そして決して口を開かないこと。喋ることができない助手という設定なのだから。これはリリアーナを隠すためでもあるのだから、必ず守るように。」


……むしろ姿を出したくないので助かります。リリアーナは胸の内でつぶやいた。



午後になり、王妃にあてがわれた部屋で、二人は静かに宰相を待っていた。

磨かれた床に差し込む光が、部屋の重厚な家具を柔らかく照らしている。


「やあ、遅くなったよ。」


ようやく扉が開き、宰相が現れた。約束の時刻より、かなり遅れての登場だった。


アグネッタはすっと一歩前に出て、完璧な所作で美しい礼をする。

その優雅な動きに見とれてしまっていたリリアーナは、横からアグネッタにつつかれ、小さく囁かれた。


「……礼。」


慌ててリリアーナも礼をする。


アグネッタは直ちに顔を上げ、涼やかな声で言った。


「いいえ。執務がお忙しいのでしょう。この度は、時間をわざわざお取りいただき感謝いたします。それでは──症状をお聞かせいただけますか?」


その声音には、「無用な前置きは不要です」と言外に告げる冷ややかな強さがあった。

どうせ“わざと遅れて来た”のだろう、とでも言いたげに。


宰相は肩をひと回ししながら言った。


「肩がね、動かすと痛いんだよ。最近じゃ夜も眠れなくてね。」


「肩、ですね。少し見せていただけますか?」

アグネッタの声は淡々としていた。


「ええ、脱ぐのか?」

宰相が眉を上げる。


「当然です。見ずに薬を調合することはございません。」

アグネッタはぴしりと言い切った。


その言葉に宰相は観念したように上衣を脱ぎ始める。


その様子を見ながら、リリアーナは胸の内で息を呑んだ。


師匠……すごい。宰相相手に、こんなにも堂々としているなんて──。

アグネッタの背中は、微動だにせず凛としていた。アグネッタは宰相の肩を観察し、軽く腕を動かして可動域を確かめた。


「……痛い。」

宰相は顔をしかめ、肩を押さえた。


「わかりました。少しお待ちいただけますか?──ナナ、宰相の肩を揉んであげて。」


アグネッタがそう指示すると、リリアーナは小さく頷き、そっと宰相の肩に手を置いた。


事前の打ち合わせはこうだ。

アグネッタが“助手が患部をほぐす”という形でリリアーナに宰相へ触れる機会を作り、そこで治癒が可能かを判断する。

治せると判断した場合は“薬を塗る動作”に見せかけて治癒を発動する──。


リリアーナは指先に意識を集中させ、肩の状態を探る。


……あれ?

オルフェウス様の肩と、全然違う。


筋肉の厚みも硬さも、まるで別物だ。

というか……これ、筋肉ついているのかしら?しかし肩は明らかに固く張っている。

……単なる肩こりなのでは?

……でも、何か違うような?

リリアーナが心の中で首を傾げていると──


「ナナ、もういいわ。」


アグネッタの静かな声が響いた。


リリアーナはすっと宰相から手を離し、アグネッタのもとへ下がった。ベールの下で、こっそり息を吐きながら。

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