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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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リリアーナ、王宮図書館に行く

リリアーナは、アグネッタと共に城で滞在することになった。部屋に荷を置き、一息ついてから、おずおずと尋ねた。


「師匠……いえ、アグネッタ様。どちらでお呼びすればいいのでしょうか?」


するとアグネッタは、ふうと小さなため息をこぼしながら言った。


「どちらでも構わないのだけれど……リリアーナ、まず言葉遣いをどうにかしたほうがいいわ。それに、動きに品が無いわ」


「……え?」

男爵領にいた時には一度もそんなことを言われたことはなかった。

リリアーナは思わず固まる。


……ど、どういうことなの……?


その困惑を見て、アグネッタは椅子に腰掛けながらゆっくりと言った。


「リリアーナ。私はここでは“男爵領のアグネッタ”ではないの。かつて貴人たちと堂々とやり合っていた、調合師アグネッタよ。

城にいる間は、話し方はもちろん、姿勢、礼の仕方、歩き方、食事の作法、お茶の飲み方──すべてにおいて恥ずかしくない振る舞いをするわ」


厳しいが誇りのある声だった。


そして真っすぐリリアーナを見据える。


「当然、弟子であるあなたもよ」


リリアーナは思わず聞き返した。


「……弟子の私まで、そんなに必要なのですか?私は、師匠の付き人という立場なのに……。」


必要以上では、とリリアーナは思ったのだ。

しかしアグネッタは一切揺らがず言い切った。


「当然です。私の“指導力”に関わるのですから」


終始、凛として真面目そのものであった。

アグネッタはリリアーナを見るなり、ぴしりと言った。


「リリアーナ、その姿勢から問題よ。もっと背筋を伸ばして。顎を引いて……そう。それ。その感じを忘れないように。あとで薬草の知識を確認するわ。いつ、誰に、何を問われるかわからないのだから。──まさか、忘れてはいないでしょうね?」


その鋭さに、リリアーナの肩がすくんだ。


「……すこし、復習する時間を頂けませんか?」

自分の知識が急に心もとなく思え、リリアーナは弱々しく言った。


アグネッタは返事もそこそこに、さらさらと紙に何かを書きつけた。そして呼び鈴を鳴らし、外に控えていた兵士を呼んだ。


「これを王妃様に届けて。本は出来るだけ早く欲しい、とお伝えしてね」


「畏まりました」


兵士は紙を受け取り、すぐさま走っていった。ほんの少し後、息も乱さず戻ってくる。


「王妃様よりの伝言です。薬草は早めに揃えるそうです。本については、他の本も必要になるかもしれないとのことで、王宮図書館の利用許可をお二人に出されました」


そう言って、二枚の許可証をアグネッタに差し出す。


「わかりました」

アグネッタは短く答えて兵士を下がらせた。


その一連の、流れるような手際に──

リリアーナはただただ戸惑うばかりだった。


……し、師匠。まるで別人です。それに……王宮図書館って、そんな簡単に入って大丈夫なんですか……?


アグネッタは小さくため息をついた。


「あそこは遠いし広いし、探すのが大変なのよ。……リリアーナは入ったことあるかしら?」


リリアーナは正直に言った。


「一度も入ったことありません」


アグネッタは眉をひそめた。


「……“入ったことはございません”よ。言い直し」


リリアーナは慌てて姿勢を正し、


「入ったことはございません」


と言い直した。


するとアグネッタは満足げにうなずき、


「それなら、リリアーナには良い勉強になるわね。行きましょう」


と言って、すたすたと歩き出した。


──どこに向かっているのか、全く分からない。それでもリリアーナは、必死にその背を追いかけた。


アグネッタは優雅そのものの足取りなのに、歩く速度だけは容赦がなかった。すらりと伸びた背筋、揺るぎない姿勢──その後ろ姿は、まるで公爵夫人の立ち振る舞いを見ているようで、リリアーナは思わず真似をしてみた。……けれど、歩くのが難しい。


アグネッタは迷うことなく王宮の回廊を進み、振り返りもせず言った。

「ここが王宮図書館よ。……道は覚えたわね?」


「……覚えてません」

リリアーナは小さな声で答えた。先ほどから、ただついていくだけで精一杯だったのだ。


「帰りも同じ道を通るわ。リリアーナ、覚えるように」

アグネッタはぴしりと告げる。


迷路のように折れ曲がる回廊──とても覚えられる気がしない。リリアーナが不安を滲ませると、アグネッタはすぐさま言った。


「……顔に出ているわ。常に口角を少し上げるように」


「は、はい……」

慣れない頬の筋肉をぎこちなく動かし、リリアーナは必死に口角を上げてみる。


そして、王宮図書館の扉が開いた。広がった光景に、リリアーナは思わず口を少し開く。

高い天井、果てしなく並ぶ書架──その壮観に、胸の奥が一気に熱を帯びた。

その様子に、アグネッタはふっと柔らかく笑う。


「リリアーナ、気になる本があったら借りても良いわよ」

ぱあっと、リリアーナの瞳が輝いた。


アグネッタは迷いなく薬草の本棚へ向かい、指先で背表紙を滑らせると、慣れた手つきで四冊の本を抜き取った。その中には、リリアーナにも見覚えのある分厚い薬草図鑑があった。


アグネッタはその一冊をリリアーナへ差し出しながら言った。

「リリアーナ、この本の内容を明日確認するわ。それから──この後、私は王妃様と話があるから、戻るまでは図書館か部屋にいるように」


図書館にいても良いんだ──。リリアーナの胸は一瞬、弾んだ。ここで好きなだけ本を眺めていていいなんて、夢のようだ。


しかし、腕の中の薬草書はずっしりと重い。どう考えても、読み終わる頃には夕日が差し込んでいそうである。


「……部屋で、本を読んで待ってます」

リリアーナはしぶしぶ答えた。図書館への憧れと、課題の重さの間で揺れながら。

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