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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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国王の言葉

国王は、自分が先王に比べて際立って優秀であるわけではない、と自覚していた。

水害、干魃、諸外国との外交──王座についた後も次々と問題は起きたが、不思議と大事にはならず、いつも無事に解決へと収まっていた。


しかし今、改めて思い返してみると、その裏にある事実が見えてくる。


干魃の年。あの時は被害がほとんど出なかったが、それは王妃が前年のうちに

「学者が来年は雨が少ないと予想しました。備蓄を増やします」

と的確に指示を出していた。


諸外国との交渉も同じだった。

「隣国は、我が国のある銘柄のワインを殊のほか好まれます。最上級のものを用意しておきましょう」

王妃がそう助言し、準備を整えていたからこそ、隣国と円滑に関係を築けた。


一方で王妃は、伯爵の謀反が明るみに出たのち、その処遇に迷いを見せることは一切なかった。密かに裁定の場に姿を現した彼女が下した刑は――誰もが息を呑むほど苛烈なものだった。


二度と国に逆らおうなどと思う者が現れまい、と誰もが確信するほどの厳罰。

それは、王国の歴史に刻まれるほどの「見せしめ」であり、事の重大さを深く理解させる残酷さを伴っていた。


判決を聞いた瞬間、国王でさえ青ざめたほどだ。普段は温厚で慈悲深いと評判の王妃が、なぜそこまで冷徹になれたのか――

その理由を誰も問うことはしなかった。

ただ一つ確かなのは、王妃が「国を守るため」と決めた時、その意思に逆らえる者など一人もいない、という事実だけだった。


──自分が善き国王でいられたのは、安定した治世が続いたからだ。そしてその安定は、すべて王妃の支えあってこそだったのではないか?


胸の奥で、遅すぎる気づきが重くのしかかった。


だが、すでに自分は一度言葉を発してしまった。王として告げた以上、軽々しく翻すことはできない。


約束の刻限になり、謁見の間にはすでにリリアーナと王妃、その付き人が控えていた。

静かな緊張が満ちる中、国王がゆっくりと姿を現し、王座へと深く腰を下ろす。


「待たせたようだな」


威厳ある声に、王妃は微笑をたたえながら答えた。


「それほどでもございませんわ。──リリアーナの待遇は、お決めになりましたか?」


国王はわずかに息をつき、考えをまとめるように言葉を発した。


「……そうだな。折角、王都まで来てもらったのだから、この冬は王都で治癒の仕事をしてほしいと思っている。しかし、結婚前の娘を儂の一存で留め置くのは、そこまでだ。王とは、本来 平民の幸福を願うもの。もしリリアーナが北の地へ帰りたいと申すのなら──春になったら戻ってもよいと思う」


思いもよらぬ言葉に、リリアーナの肩が小さく震えた。

「まさか……帰れるなんて……」

胸の内で呟く声が漏れそうになる。


王妃は表情を崩さぬまま、静かに問いかけた。


「その後はどうなさるおつもりで?」


国王は一拍置き、リリアーナを見てから、ちらりと王妃へ視線を送った。


「一年に一度、一定期間だけ──リリアーナには王都で、儂の名のもとに治癒の仕事をしてもらいたいと思う。……どうだろうか」


リリアーナは驚きに言葉を失いながらも、必死に声を絞り出した。


「国王の仰せのとおりにいたします……」


北へ帰れる――その事実だけで胸がいっぱいだった。


王妃は柔らかく微笑み、しかしその瞳の奥には計算された光が宿っていた。


「喜ばしい案かと存じますわ。一定期間につきましては、調整が必要ですね」


「采配は、王妃──そなたに任せよう。よいな?」


「畏まりました」


品よく、隙のない姿勢で王妃は答えた。


こうして、短いながらも決定的な謁見は、静かに幕を閉じた。


王妃と付き人、そしてリリアーナは国王の前から静かに退出した。

あてがわれた部屋に戻ってからも、リリアーナは落ち着かない面持ちのままだった。


──国王の言葉が、まだ信じられない。


昨日までの流れからすれば、王都に縛りつけられるものと覚悟していた。治癒の力を持つ者として、もう自由には戻れないのだと諦めかけていた。


それなのに「春になれば北へ帰ってよい」と言われた。

思いもよらない提案だった。


胸がほぐれるような嬉しさが込み上げる。

帰れる。あの北の地に、エドモンドのもとに。

だが、その喜びの後に、冷たく影が差した。


──冬の間は戻れない。


北の地には、冬になると狼型の魔獣がやってくる。毎年、厳しい寒気と同時に訪れる脅威。今年も例外ではないはずだ。


けれど、私はそこにいない。

(……大丈夫なのだろうか)


胸の奥がきゅっと縮む。手助けをしたいのに、手が届かない。そう思うだけで、リリアーナの表情は暗く沈んでいった。



一方その頃、王妃は国王の決定について静かに思案していた。──まあ、妥当な線だろう。


国王が一度口にした言葉を覆さない範囲で、最大限譲歩した結果。リリアーナは春になれば北へ戻れる。しかし冬の間は王都に留まる。


リリアーナの魔力、その力が最も必要とされるのは春から秋にかけてであり、冬ではない。甘甘草の成長に合わせて魔力を注ぐという作業なら。

ならば冬の間、王都で治癒の仕事をしてもらうのは理にかなっている。


──問題は、これから春までの滞在先ね。


使用人の部屋で過ごさせるわけにはいかない。彼女はこの国にとって重要な人物であり、粗末な扱いをすれば周囲に示しがつかない。

部屋の手配、侍女の選抜、生活まわりの整備……決めることは多い。


さらに、治癒を求める者たちのリストも作る必要があるだろう。貴族、外交関係者、王城の者──誰を優先させれば国にとって最も利益が出るのか、冷静に見極めなければならない。


王妃は優雅にティーカップを傾けながら、外面は落ち着いたまま、頭の中では目まぐるしく思考を巡らせ続けていた。




転じて、国王は玉座に深く沈み込むように腰を下ろしていた。まるで一晩で急に老け込んだかのように、重々しい疲労が全身から漂っている。


そばに控える側近が、ためらいがちに口を開いた。


「……リリアーナ殿を王妃様にお任せして、本当に宜しかったのでしょうか?」


国王はゆっくりと顔を上げ、側近を見た。

しかし、その目には覇気がなかった。

まるで「どうあがいても勝てぬ」と悟った者の、哀愁が漂っていた。


「……儂はな、最善を考えたまでだ」


そう言う声は、かつての威厳を失っていた。

額に手をあて、深く息を吐く。その仕草には、長年寄り添った王妃に対し“敵わぬ相手だ”という諦めが、否応なくにじんでいた。


側近はその表情を見て悟った。

――これは戦の敗北ではなく、長く続く夫婦の力関係を、国王自らがようやく認めたのだと。


側近は何も言えず、ただ静かに頭を垂れるしかなかった。


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国王がそこまで馬鹿でなくてよかった。
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