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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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王妃の言葉

リリアーナの強張った様子を見ていた王妃が、静かに口を開いた。


「王よ。それはつまり、リリアーナにこの王都で過ごせということですか?」


国王は当然のように言い放つ。


「当然だ。儂に何かあった時、すぐに駆けつけられる距離になくては意味がない。貴族や外国の要人を治癒すれば恩も売れる。これほどの能力、活かさぬ手はなかろう」


王妃はゆっくりと頷きながら言った。


「確かに、治らないと思っていた病が治るとなれば、頼る者は数多くなるでしょうね」


「そうだ。儂の名のもとで治癒を行えば、儂の威光も高まる。人が王都に集まれば、王都も栄える。良いことばかりだろう?」


王の満足げな声音に、王妃の瞳が冷たく光った。


「それは王にとって、でしょう?……リリアーナにとっては、違うのではなくて?」


「……何だと」


国王の声が低く沈む。


王妃は一歩も引かず続けた。


「リリアーナは自分の能力を隠すことを望んでいたと聞いております。そうでしょう? 騎士団長」


騎士団長は一礼し、答えた。


「王妃様のおっしゃる通りです。リリアーナは息子を治した際、自らの存在を公にしないよう求めました」


王妃は国王をまっすぐに見据えた。


「国王に仕えるのを希望するのなら、早々に能力を開示していたはずです。それをしなかったのは──リリアーナ自身が望まなかったから。そのくらい、お分かりになりませんか?」


国王は苛立ちを隠さず言い放つ。


「だから何だと言うのだ。能力ある者は、儂に仕えるべきだろう」


「……国王よ。二十年前の水害を覚えておいでですか? 即位されて間もない頃に起きた、あの悲惨な水害を」


王妃は静かに問いかけた。


「ああ、あの時は酷かったな。皆の助けを借りて、何とか死者を出さずに乗り越えられたが」


国王は眉をひそめながら答える。


王妃は小さく首を振った。


「あの時の国王が行ったのは……食料を配れという指示だけでしたわ。その後の治水や土地の整備は、すべて私が行いました。そして、それ以来、水害は一度も起こっておりません」


「……そうだったか」


国王は曖昧に答え、目を逸らした。


王妃はさらに言葉を続ける。


「十二年前の、あの伯爵の謀叛は覚えていらして?」


「……多少はな」


「毎年、身の丈以上の豪華な贈り物を国王に渡していた伯爵の話です。かつて、王は伯爵を非常に良い人物だと評価しておられましたね。しかし──あの金額は明らかに問題でした。私が密かに調べ、伯爵が隣国と裏で繋がっているのを突き止めたのです」


騎士団長が深く頭を下げた。


「その節は、誠にありがとうございました。王妃様の関与は伏せるように、とのご指示でしたが……あの情報は、国の危機を救いました」


国王は唇を歪めた。


「……だから、どうしたと言うのだ」


王妃の声は、上品さを保ちながらも強い圧を帯びていた。王妃の瞳は王を見抜くように向けられている。


「よくお考えくださいませ、王よ」


国王は、王妃の言葉を受けて静かに過去へと思考を遡った。


まだ自分が王子だった頃、王妃候補は五人いた。どの令嬢も美しく、教養も品格も申し分ない。誰が選ばれても国の未来は安泰だと、周囲も本人も疑わなかった。


だが、一人、また一人と候補から外れていき、最後に残ったのは──今の王妃だった。

当時の王子は、それをただの偶然だと思っていた。


「不肖の身ですが、誠心誠意お仕えいたします」


そう言って頭を下げた王妃は、細い身体に儚げな笑みを浮かべ、庇護欲をかき立てる存在だった。


即位式が終わった日のことだ。二人きりになった時、元国王が真剣な顔で若き王に告げた。


「…王妃には、絶対に逆らうでないぞ」


若き王は、夫婦円満の秘訣を教えられたのだと、その時は思った。

……だが、今になって振り返れば、あれは別の意味だったのではないか。

疑念が、国王の胸に重く沈んでいく。

今、決断するには問題か……?


「……王妃の言うように、少し考えてみよう。皆、下がれ」


ようやく国王は口を開いた。声には、わずかな疲労が滲んでいた。


「明日のこの時刻には、リリアーナの処遇を聞かせてくださいませ。私を失望させることは無いことを祈っておりますわ」


王妃は優しい声音を保ちながら、その圧は微動だにせず国王へ向けられていた。


「リリアーナは王都へ来る道中、罪人のような扱いだったと聞いております。どれほど辛かったことでしょう……。リリアーナの身は私がお預かりします」


はっきりとそう言い残すと、王妃はリリアーナを伴って付き人と共に部屋を出ていった。

部屋には、国王と側近、そして騎士団長だけが残った。

国王は重く口を開いた。


「リリアーナは……能力を隠していたのか」


騎士団長は一歩進み出て答える。


「はい。リリアーナは近く、北の領土のエドモンドと結婚する予定だと聞いておりました。平穏な未来を望んでいたのではないかと」


「以前、城に来たときは治癒の能力は無かったはずだ……」

王は過去を振り返る。


「おそらく北の地で開花したのでしょう。あそこは魔獣被害の多い土地。強く“治したい”と願えば、潜在していた力が形になってもおかしくありません」


「……ふん。まあいい。下がれ」


国王は手で退室を促した。

騎士団長が出ていくと、国王は低く呼んだ。


「影を呼べ」


すぐに空気が揺らぎ、影が姿を現した。


「リリアーナが罪人のような扱いで王都まで来たというのは、本当か?」


影は淡々と答える。


「どのような手段でも、と伺っておりましたので」


「まさか、無理やり連れたわけではあるまいな」


「いえ。少し脅したのみです」


影の、オルフェウス達を拘束し、解放と引換にリリアーナを王都に連れてきた、という話を聞き、国王はしばし沈黙した。眉間に深い皺が寄る。


「……オルフェウス達は、直ちに解放しろ。あとは王妃とリリアーナの動きを観察しろ。特に、王妃の動向には注意しろ」


「かしこまりました」


影はすっと視界から消えた。

国王は側近に向き直り、重い声で問う。


「お前は、王妃の動きをどう思う?」


側近は少し考えた後、静かに言った。


「たかだか一人の治癒能力者に、あそこまで拘るのは不自然です。何かあるのでは?」


国王は深く息を吐き、目を伏せた。


「やはり、そうか……。何か見落としていたのかもしれぬ」


だが、それが何であるのか──国王にも側近にも分からなかった。


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― 新着の感想 ―
国王、口だけの実務無能タイプだったか。 影の行動は少しじゃないだろ。 王妃も美容目的だからなんとも・・・。
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