城に戻ったエドモンド達
エドモンドたちはようやく城へと戻った。城に着くや否や、エドモンドは駆け足で中へ入り、矢継ぎ早に指示を出した。
「すぐにお湯を用意しろ! それから、リリアーナの着替えの準備を!」
その声に城の人たちが慌ただしく動き出す。冷えきった体を温めねば、とエドモンドは焦りを隠せなかった。
──リリアーナが戻った。
その知らせは、すぐにオルフェウスの耳にも届いた。報告を受け取ると同時に、彼は足早にエドモンドのもとへ向かう。
「リリアーナが見つかったと聞いたが」
部屋へ入るなり、オルフェウスは切迫した声で尋ねた。
「はい。泉の底で、ラニアと一緒にいたと……ラディンが言っていました」
エドモンドは短く答える。その表情には、安堵と不安が入り混じっていた。
「リリアーナは、今どこに?」
「お湯に入ってます。身体が冷えきってたので」
「泉の底とは……どういうことだ? 怪我は? 無事なのか?」
「おそらく……大丈夫かと」
オルフェウスは深く息を吐き、胸の奥に溜まっていた緊張を少しだけ解いた。だが、その隣に立つセラフィーネの表情は険しい。部屋の隅にいた技術者も、重苦しい沈黙を守っている。
「ラディンとラニアがいないようだが……?」
オルフェウスの問いに、エドモンドは一瞬言葉を詰まらせた。
「……二人とも、おそらく、泉の中に」
苦しげな声でそう告げると、室内の空気がさらに沈んだ。
「どういうことだ?」
オルフェウスの声には、抑えきれぬ疑念と不安が滲んでいた。
「泉の中には、ラニアとリリアーナが眠っていて……リリアーナを助けたあと、ラディンは泉の中に消えた。それだけよ」
セラフィーネは吐き捨てるように言い放った。その声音は冷たく、怒りと苛立ちを隠そうともしない。
「……まるで、化け物ね」
「違う!」
エドモンドが即座に反論した。
「ラニアには、理由があったんだ」
「どんな理由にせよ、人を巻き込むなんてどうかと思うわ」
セラフィーネは冷ややかに言い返す。その視線が一瞬、エドモンドを刺した。
重い沈黙が落ちたその時、扉を叩く音がした。
「入れ」オルフェウスが言う。
静かに扉が開き、そこに立っていたのは――リリアーナだった。服をまとい、まだ頬に赤みが残っている。
「もう、大丈夫なの?」
セラフィーネがやわらかく声をかける。
「はい。温まりました。……ご心配をおかけしました」
リリアーナは深く頭を下げた。
「リリアーナのせいじゃない」
エドモンドがすぐに言った。
「でも……私がもっとしっかりしていれば、よかったのかもしれません」
リリアーナは小さく首を振る。その瞳には、わずかな影があった。
「ラニアは、どれくらい眠るのか知っている?」
セラフィーネが問う。
「……わかりません。ただ、『魔力溜まりで眠る必要がある』としか……」
リリアーナの声はかすかに震えていた。あの時の言葉を思い出していた。
―――「リリー、目が覚めたら……ぼくだけを見て。ぼくだけに笑って。ぼくだけを抱きしめて。……大好きだよ、リリー」
もしあれが本心なら、ラニアが目を覚ました時、私は……。
セラフィーネは長いため息を吐いた。
「ラニアを調べることも、ラディンを助けることも……難しそうね」
その言葉に、リリアーナの身体が強張る。
「ラディンは……おそらく、リリアーナの代わりになったのよ」
「……まさか……」
リリアーナの唇が震える。
「もしくは、腹いせに殺されているか。そちらの方が、可能性は高いわ。もしくは、…血も足りない、と言っていたのでしょう?成長の為にラディンを捕らえた、とも考えられるわ」
セラフィーネの冷ややかな声が部屋を裂いた。
空気が凍りつくような沈黙が広がり、誰も次の言葉を口にできなかった。
とりあえず夕食の時間となり、人々は静かに席についた。
しかし、食卓を包む空気は重く、誰も口を開こうとしない。皿の上の料理が消えていく音だけが、静まり返った広間に微かに響いていた。
食事を終えると、皆それぞれの部屋へと散っていった。リリアーナは立ち上がり、マルグリットのもとへ歩み寄る。
「……心配かけました、マルグリット様」
小さく俯いて言うと、マルグリットは何も言わずにリリアーナをそっと抱きしめた。
「いいのよ。あなたが戻ってきてくれただけで、十分だから」
その言葉に、リリアーナの瞳が滲んだ。彼女は小さく頷き、マルグリットの胸の中でしばらく動かなかった。
***
そのころ、セラフィーネは自室へもどり
遠隔会話の魔道具を動かした。セレナに、繋がる。
「セレナ、リリアーナが見つかったわ」
「本当ですか? 良かった……やはり、魔力溜まりに?」
「そうよ。泉の中で、ラニアと一緒に眠っていたそうよ」
「よく助けられましたね」
「ええ。ラディンのおかげよ。リリアーナを泉の中から引っ張り上げてくれたのだから。でも――代わりにラディンが泉の中に消えたわ」
セレナの声が戸惑いを帯びる。
「……それは、どういうことですか?」
「おそらくラニアが、ラディンを泉の中に引きずり込んだの。そして……ラディンは、もうここにはいないということよ」
「……どうして、ラディンが?」
「わからないわ」セラフィーネは首を振った。
「助ける方法はないのですか?」
「……あったら、とっくに行動しているわ」
セラフィーネの声は冷静だったが、その奥には焦燥が滲んでいた。
セレナはしばし考え込んだあと、真剣な表情で言った。
「……こちらで、何か調べられるかもしれません」
「……そう。頼んだわ。私も、出来ることをしてみる」
短い会話を終えると、部屋は静けさに包まれた。
夜の帳が降りる。
だが、その夜――安らかな眠りにつける人々は少なかった。




