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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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リリアーナ、エドモンドの元に

ラディンはリリアーナを抱え、泉の冷たい水をかき分けながら泳ぎ始めた。だが、その刹那——背筋を撫でるような、ぞくりとした気配が走った。

――ラニア。


本能が、鋭く警鐘を鳴らす。

「目を、覚まそうとしている……!」


ラディンは歯を食いしばり、渾身の力で水面へと向かった。水を蹴る脚が重く、息が苦しい。けれど、リリアーナを離すことはできなかった。

ようやく顔が水面を破り、空気の冷たさが肌を刺す。ラディンは激しく息を吐いた。


「エドモンド!リリアーナを引き上げてくれ!」

怒鳴るように叫びながら、彼はリリアーナの身体を岸辺へと押し上げた。


エドモンドが駆け寄り、彼女をしっかりと抱え上げる。

「よし……!」

ラディンはほっと息をつき、水面から身を引き上げようとした——その瞬間。


何かが、彼の足を掴んだ。

ぐい、と強い力で、泉の底へと引きずり込む。


「ラディン!!」

遠くでセラフィーネの声が響いた。


次の瞬間、頭の中に柔らかくも冷たい声が流れ込んでくる。

——「なんで、ぼくの邪魔をするの? リリーと一緒にいたいだけなのに」


ラニアだ。


ラディンは心の中で怒鳴り返した。

「リリアーナは、物じゃない! 勝手に人を縛るな!」


だが、返ってきた声は悲しげだった。

——「……ラディンなんて、ぼくの気持ちわからないよ」


そんなもの、わかるわけがない。


――「…ぼくを、ひとりにしないで」


「……もしかして、寂しいのか?」

ふと、ラディンの胸にその言葉が浮かんだ。


すると、水の奥から優しい声が響く。

——「ラディンも寂しい? だったら、ぼくと一緒だね。リリーほど好きじゃないけど……ラディンも好きだよ。だから、ぼくと一緒に眠ろう」


「待て、俺は……!」


だが言葉は泡に変わり、意識が暗闇の底へ沈んでいく。

水の重みが、まるで永遠の眠りへ誘うように、彼の身体を包み込んだ。


——「一緒なら、寂しくないよ」


最後に聞こえたラニアの声は、優しく、そしてどこか哀しかった。


ラディンの身体は、泉の底へと静かに沈んでいった。その先には、ラニアが目を閉じたままの姿が、あった。



地上において、エドモンドは震える手でリリアーナを抱きしめた。――冷たい。まるで氷のように。


「リリアーナ…?」

彼はその頬に触れた。呼吸が、ない。だが——脈は、かすかに、ある。


「頼む……!」

青ざめた顔のまま、エドモンドはリリアーナの胸の上に手を置いた。リズムを刻むように、必死に心臓マッサージを始める。


静まり返った森の中で、空気だけが揺れた。


「お願いだ、戻ってきてくれ……!」


その祈りに応えるように、リリアーナの口から「ごぼっ」と水がこぼれ落ちた。次いで、弱々しい咳。震えるまつげが、ゆっくりと開いた。


「……ここは……?」


その声を聞いた瞬間、エドモンドは彼女を強く、壊れそうなほど抱きしめた。

「リリアーナ……! 本当に、よかった……!」

その腕の中で、リリアーナはまだ震えていた。


――だが、その間にも、泉の方では別の光景があった。


セラフィーネは、目を凝らしていた。ラディンの姿が、見えない。ほんの一瞬前、彼はリリアーナを岸へ押し上げたはずだった。

けれど次の瞬間、まるで誰かに引きずり込まれるように、その姿は水の底へ消えた。


泉は小さく波紋を残し、やがて沈黙した。


「……ラディン?」


呼びかける声が震える。嫌な予感はあった。

——それでも、それは、違うと信じたかったのに。


セラフィーネが泉に近づこうとしたとき、技術者が腕を掴んだ。

「いけません。何が起こるのか、分かりません!」


セラフィーネは振り返る。文官も顔色を失っていた。

そのとき、エドモンドの低い声が響く。

「城に戻る。」


リリアーナを抱いたまま、彼は立ち上がった。

「待って。ラディンが、泉に引き込まれたわ!」


セラフィーネの声は悲鳴に近かった。


「リリアーナが濡れたままだ。着替えもない。今は、温めなければ」

エドモンドの声は冷静だった。だが、その瞳の奥には、苦悩が滲んでいた。


リリアーナの唇は青く、歯が震えていた。

その小さな体を守るように、エドモンドは腕を強く回す。


「ラディンを……見捨てるの?」


セラフィーネの声が震えた。だが、返ってきた言葉は静かで、重かった。


「今、俺たちには何もできない。」


エドモンドはそれだけ言い、振り返ることなく歩き出した。足早に、冷たい風を切りながら。


「……待ちなさい!」

セラフィーネは叫んだ。けれど、その背は止まらなかった。


歩きながら、エドモンドはぽつりとつぶやいた。

「ラニアなら……ラディンを殺すことはない。おそらく……」


その声は自分に言い聞かせるようで、どこか哀しかった。


セラフィーネはしばらく泉を見つめていた。

静まり返った水面には、もう何の気配もない。


「今の私たちでは、手立てがございません……」

技術者の声が小さく響く。


セラフィーネは唇を噛みしめた。血の味がした。


「……そうね」


風が泉を渡る。波紋ひとつ立たない静寂の中で、彼女は振り返り、エドモンドの後を追った。




一方その頃——国王の影は、焦燥に駆られていた。


どれほど探しても、リリアーナの姿が見つからない。隣国にも赴いた。森に棲む族にも、他の部族にも、古い隠れ里にも足を運んだ。

だが、どこにも——彼女の「影すら」なかった。


まるで、この世から跡形もなく消えたかのように。


影の胸に、初めて冷たい恐怖が走った。これまで、どんな者でも見つけ出せなかったことなどなかった。だが、今回は違う。報告すべき主に顔向けできぬほど、何も掴めない。


「……どうなっている」


呟きは風に溶け、闇に飲まれる。時間だけが過ぎていく。焦りが、じわじわと心を蝕んでいった。


そんなある日——影は奇妙な報せを受けた。

「三人の男女が、領地に現れた」と。


「……三人?」

誰だ。何者だ。


影は気配を殺し、その姿を探った。一人は金の髪の青年、もう一人は女、そしてもう一人は技術者風の男。

翌日、その三人とエドモンドが姿を表した。


「……エドモンドが、動いた?」


影の胸にざわめきが走る。

三人とエドモンドは、やがて森へと入っていった。深い、光も届かぬ森の中へ。


そこから先は、追うことができなかった。

森は複雑で、足跡も、気配も、掴みづらい。何より、尾行は見つかる可能性がある。…影は、森には慣れていなかった。


影は唇を噛み、息を潜めた。——待つしかない。影はただ、森の出口を見張り続けた。


やがて、微かな足音がした。……出てきた。


そして、影は見た。エドモンドの腕の中に、あの少女——


「……リリアーナ……!」


声にならぬ声が、影の喉の奥で震えた。

探し求めていた、その人がそこにいた。

生きて、戻ってきたのだ。


影は拳を握りしめた。そして、静かにその場を離れた。


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