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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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ラニアとリリアーナの居場所

翌朝。

薄い朝光が差し込む中、セラフィーネは迷いなく口を開いた。


「探してみたい場所があるの。

そこは――獣も、人も寄りつかない場所なのだけど。近くに思い当たるところは?」


エドモンドは目を伏せ、低く答えた。


「……そういう場所は、全部探した。けれど、何も見つからなかった」


間髪入れず、ラディンも言った。


「俺も知っているが。ああいう場所は……気が重くなる。長く居られる場所じゃない」


それでもセラフィーネはひかなかった。


「地図を出して」


その声音に、エドモンドは抵抗することなく地図を広げる。セラフィーネは鋭い視線で地図を見つめ、


「一番、嫌な感じがした場所はどこ?」


静かに聞いた。エドモンドとラディンは迷いなく、同じ一点を指した。


「ここだ。……泉がある。だが――何もなかった」


エドモンドの声は、どこか苦い。

しかしセラフィーネの瞳は揺らがなかった。


「……いいえ。そこよ」


地図から視線を外さず、言い切った。


「ここを、もう一度探しに行くわ」


その宣言は、大きい声ではなかった、けれど強く場の空気を切り裂いた。

「じゃあ、俺が案内する」

エドモンドが短く言った。


セラフィーネが探すというその場所――。何が待つのか分からない。

それでも、行かずにはいられなかった。


心配したラディンと技術者も同行を決め、

四人は簡易の携帯食と護身用の武器を持って出発した。


エドモンドは一度も迷わなかった。…まるで何かに導かれるように、森の奥へと歩を進める。やがて、木々のざわめきが途絶えた。一歩踏み込むごとに、空気が冷たく沈む。


「……いつ来ても、嫌な感じだな」

ラディンが低く呟く。


「ああ」

エドモンドの声も、硬い。


目の前には、泉があった。深く澄みすぎた水面は、鏡のように凪いでいて――音ひとつしない。鳥も、風も、息を潜めている。


セラフィーネは無言で泉を見つめていた。

張りつめた気配が、その場を支配する。


「……どうするんだ?」

ラディンが問う。


「エドモンド、少し潜ってくれないかしら?」


その言葉に、全員が息を呑んだ。


冬の気配がすぐそこまで迫っている。泉の水は、氷のように冷たいだろう。エドモンドは、沈黙ののち、静かに答えた。


「……俺は、まだ怪我が完治していない。潜るのは、厳しい」


セラフィーネの視線が、ゆっくりと技術者に向かう。だが、技術者はすぐに首を振った。


「む、無理です……泳ぎも得意では……」


そのとき、ラディンが前に出た。

「俺が行く」


その瞳は真っすぐにセラフィーネを射抜く。


ラディンは上着を脱ぎ捨て、軽装になる。

白い息が空に溶けた。


「潜れば、いいんだな?」


「……そう。……けれど、気をつけて」

セラフィーネの声は、ほんの少しだけ震えていた。


ラディンは、何も言わず泉に足を踏み入れる。冷水が、足元から一気に身体を奪っていく。


「っ……」

短く息を吐き、ラディンはそのまま身を沈めた。


水面が揺らぎ、静寂が戻る。


ラディンは、静かに水底へ向かって潜った。


だが――異様だ。

水が、鉛のように重い。

腕も足も、思うように動かない。


しかし、ラディンは、静かに深く潜っていった。水の底、淡い光の向こうに――ラニアとリリアーナの姿が見えた。確かに、そこにいる。だが、近づこうとした瞬間、まるで透明な壁に阻まれるように、進めなくなった。

手を伸ばしても、届かない。焦りとともに、肺が焼けるように苦しくなる。もう息がもたない。

ラディンは、悔しさを飲み込みながら、水面へと浮かび上がった。


ラディンは泉から顔を上げた。激しい呼吸が、胸を打つ。

水滴を振り払いながら、岸へと上がると、息を整えつつエドモンドのもとへ向かった。


「……泉の底に、ラニアとリリアーナがいた。しかし、何かに阻まれて近くに行けなかった……」


報告を聞いたエドモンドは、かすれた声でただ一言、「リリアーナが……いるのか。まさか、本当に?」と呟くしかなかった。


ラディンは少し黙り込み、やがて自分の鞄を開いた。中を探り、ひとつの小袋を取り出す。それを、ためらいなく腕に布で巻きつけていく。


「それは、何?」セラフィーネが不安そうに問う。


「ラニアの髪が入っている。……少し、試してみる」


「え、ラニアの髪ですか?」

技術者が驚きと興味の入り混じった声を上げた。だが、その言葉が終わるより早く――ラディンは再び、泉の中へと身を投じていた。


「髪、調べたかったのに…」


技術者の言葉は、ラディンには届かなかった。


ラディンは、もう一度――深く、深く、潜った。水の冷たさが肌を刺し、鼓動が耳の奥で荒々しく響く。


――ここから、進めない。


前と同じ、見えない壁。胸の奥に焦りが滲む。ラディンは、腕に巻いた袋を力を込めて押し当てた。


次の瞬間――圧力が、ふっと消えた。

水が流れを変え、道が開く。


「……いける!」


ラディンは強く蹴り出し、さらに深く潜る。視界の向こう、淡く光る二つの影。ラニア、そして――リリアーナ。


手を伸ばす。

指先が、彼女の手に触れた。

……冷たい。恐ろしいほどに。


それでもラディンは、リリアーナの身体を抱え、地上を目指して泳ぎ始めた。

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