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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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リリアーナの試策

夜明け前、リリアーナはひとつの可能性に辿り着いていた。

それは、あまりにも不確かで――成功する保証などどこにもないもの。


それでも、何もしないよりはいい。

その一心で、リリアーナはラニアとエドモンドを呼び寄せた。


「レオンの目を……見えるようにしたいと思うの。それで、二人に手伝ってほしいことがあるの」


ラニアは、何か悟ったように静かに頷いた。

だが、エドモンドはまったく理解が追いついていない顔をしている。


リリアーナは懐から、ラニアが作った透明の小さな玉を二つ取り出した。


「……どうするんだ?」

エドモンドは慎重に問いかける。


リリアーナは息を吸い、決意を言葉にした。


「これに、レオンの魔力を込めてもらうの。

それを材料に……ラニアに、目の“種”になるものを作ってもらって。その後は、私が魔力で育てるの。……うまくいけば、新しい目になるかもしれない」


あり得ない、エドモンドは思わず眉をひそめた。


「そんな話、聞いたことがない。失明した目が治ることは、ないのが常識だ」


ラニアは少しだけ考える素振りを見せ、言った。


「でも……試してみるだけならいいんじゃない?失敗したら、玉を取り出せばいいだけだし」


可能性は、限りなくゼロに近い。

説明したところで、相手はきっと納得しないだろう。


エドモンドはそう思いながらも――今のリリアーナの真剣さを前に、言葉を飲み込んだ。


団長は、客間でリリアーナに向き直った。

その表情は、必死に希望を探している者のものだった。


「……レオンの目を、診てくれるのか?」


リリアーナは少しだけ息をのみ、ゆっくり答えた。


「私の力だけでは、目を治すことはできません。ですが……この二人が手伝ってくれれば、もしかしたら……見えるようになるかもしれません」


団長は眉を寄せる。


「どういうことだ?」


リリアーナは視線を伏せ、静かに告げた。


「理由を詳しくお話することはできません。

 そもそも、治るかどうかもわかりません。

 私ができるのは――試してみることだけです」


その言葉に、団長の声は険しくなる。


「……そんな不確かな話に、レオンを任せることはできない」


しかし、リリアーナの返答は静かで、そして冷静だった。


「……でしたら、この話はこれまでです。

 申し訳ございませんが、私ではレオンの目は治せません」


沈黙が落ちる。


その沈黙を破ったのは――レオンだった。


「父さん、僕は試すよ」


団長が慌てて息子に向く。


「見えるようになるとは……誰も言っていないんだぞ」


レオンは両拳を固く握りしめ、震える声を押し出した。


「失敗したって、見えないことには変わらない。だったら――僕は、試したい」


その幼い声には、強い覚悟が宿っていた。


リリアーナ、エドモンド、ラニア、そしてレオンは静かに別室へ移動した。


リリアーナは布に包んだ小さな透明の玉を二つ、そっと机の上に置く。


「これからすることは……きっと初めての感覚よ。怖くても、受け入れてほしい。もし危険だと判断したら、すぐにやめるわ」


そう言われ、レオンは一瞬だけ不安そうに眉を寄せた。それでも、ここまで来て引き下がることはできない。無言で頷く。


リリアーナはエドモンドへと視線を送る。


「お願いします」


エドモンドは短く頷き、レオンの小さな手を包み込んだ。


「少し、力が抜ける感覚がするかもしれない。――だが、動かないでくれ」


レオンは緊張した面持ちのまま、固く唾をのみ下す。次の瞬間、エドモンドの魔力操作が始まった。


レオンの身体から、静かに、しかし確実に魔力が吸い上げられていく。透明だった玉が、ゆっくりと緑がかった銀色へと染まっていくのが見えた。


ラニアが小さく頷き、エドモンドに告げる。


「一つはそれでいい。……もう一つも」


エドモンドは無言で次の玉へ魔力を移し替えた。そして、二つの玉が揃ったところでレオンの手を放す。


「これで、いいと思うけど」


ラニアは玉を受け取り、両手で強く握りしめる。しかし、見た目には変化がない。それでもリリアーナはそれを受けとり、レオンの前に膝をついた。


「レオン、少し触るわ。痛かったらごめんね」


包帯を外した瞬間、レオンの肩が小さく跳ねた。リリアーナは震える指先で瞼をそっと持ち上げ、――玉を、眼窩の空洞へとゆっくりと埋めていく。


そして両手をかざし、強く祈る。


……どうか育って。

どうか、レオンの目になって。


しかし、玉にも、レオンの身体にも変化は現れない。焦りが胸の奥で爪を立てる。


その横で、ラニアが小声で指示を出す。


「リリー……レオンの魔力と、その玉を繋げるんだよ。 リリー自身の目の魔力と、同じように」


……繋げる?


リリアーナは意識を研ぎ澄ませる。レオンの魔力の揺らぎ。玉に宿る微かな魔力。細い糸を結ぶように――繋げ、繋げ、繋げていく。


それでも足りない。

目の形、網膜、虹彩――すべてを思い描かなければ。


「リリアーナ。僕の目を見て」


レオンの隣に並んだラニアの瞳が、真っ直ぐにリリアーナを見つめた。そして――思い出す。団長の、深い瞳の色を。レオンの瞳を想像した。そして、そこに存在する未来を。


その瞬間、リリアーナには何かが見えた。玉が形を変え、レオンの中に根づいていく。

朝から始まった施術は、いつしか正午を過ぎていた。リリアーナは大きく息を吐き、手を下ろす。


「……ここまでが限界です」


エドモンドが近づき、問う。


「結果はどうだ?」


リリアーナは、ただ首を横に振るしかなかった。


「……わからない」


するとラニアが提案する。


「馴染むまで、目は開けない方がいいかも」


四人は静かに部屋を後にした。


廊下の先で待っていた団長と、その弟。

立ち上がった団長が問いかける。


「どうなったんだ?」


リリアーナは真っ直ぐに視線を返した。


「出来る限りはしました。ですが、確認は……明日まで待っていただけませんか?」


団長は短く息をつき――頷く。


「……わかった。明日、一緒に確かめよう」


「レオン、体調はどうだ?」


問いかけられた少年は、少し考えたのち、


「……不思議な感じ」


とだけ答えた。


その曖昧な言葉が、誰よりも希望の匂いを含んでいた。


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