リリアーナの試策
夜明け前、リリアーナはひとつの可能性に辿り着いていた。
それは、あまりにも不確かで――成功する保証などどこにもないもの。
それでも、何もしないよりはいい。
その一心で、リリアーナはラニアとエドモンドを呼び寄せた。
「レオンの目を……見えるようにしたいと思うの。それで、二人に手伝ってほしいことがあるの」
ラニアは、何か悟ったように静かに頷いた。
だが、エドモンドはまったく理解が追いついていない顔をしている。
リリアーナは懐から、ラニアが作った透明の小さな玉を二つ取り出した。
「……どうするんだ?」
エドモンドは慎重に問いかける。
リリアーナは息を吸い、決意を言葉にした。
「これに、レオンの魔力を込めてもらうの。
それを材料に……ラニアに、目の“種”になるものを作ってもらって。その後は、私が魔力で育てるの。……うまくいけば、新しい目になるかもしれない」
あり得ない、エドモンドは思わず眉をひそめた。
「そんな話、聞いたことがない。失明した目が治ることは、ないのが常識だ」
ラニアは少しだけ考える素振りを見せ、言った。
「でも……試してみるだけならいいんじゃない?失敗したら、玉を取り出せばいいだけだし」
可能性は、限りなくゼロに近い。
説明したところで、相手はきっと納得しないだろう。
エドモンドはそう思いながらも――今のリリアーナの真剣さを前に、言葉を飲み込んだ。
団長は、客間でリリアーナに向き直った。
その表情は、必死に希望を探している者のものだった。
「……レオンの目を、診てくれるのか?」
リリアーナは少しだけ息をのみ、ゆっくり答えた。
「私の力だけでは、目を治すことはできません。ですが……この二人が手伝ってくれれば、もしかしたら……見えるようになるかもしれません」
団長は眉を寄せる。
「どういうことだ?」
リリアーナは視線を伏せ、静かに告げた。
「理由を詳しくお話することはできません。
そもそも、治るかどうかもわかりません。
私ができるのは――試してみることだけです」
その言葉に、団長の声は険しくなる。
「……そんな不確かな話に、レオンを任せることはできない」
しかし、リリアーナの返答は静かで、そして冷静だった。
「……でしたら、この話はこれまでです。
申し訳ございませんが、私ではレオンの目は治せません」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは――レオンだった。
「父さん、僕は試すよ」
団長が慌てて息子に向く。
「見えるようになるとは……誰も言っていないんだぞ」
レオンは両拳を固く握りしめ、震える声を押し出した。
「失敗したって、見えないことには変わらない。だったら――僕は、試したい」
その幼い声には、強い覚悟が宿っていた。
リリアーナ、エドモンド、ラニア、そしてレオンは静かに別室へ移動した。
リリアーナは布に包んだ小さな透明の玉を二つ、そっと机の上に置く。
「これからすることは……きっと初めての感覚よ。怖くても、受け入れてほしい。もし危険だと判断したら、すぐにやめるわ」
そう言われ、レオンは一瞬だけ不安そうに眉を寄せた。それでも、ここまで来て引き下がることはできない。無言で頷く。
リリアーナはエドモンドへと視線を送る。
「お願いします」
エドモンドは短く頷き、レオンの小さな手を包み込んだ。
「少し、力が抜ける感覚がするかもしれない。――だが、動かないでくれ」
レオンは緊張した面持ちのまま、固く唾をのみ下す。次の瞬間、エドモンドの魔力操作が始まった。
レオンの身体から、静かに、しかし確実に魔力が吸い上げられていく。透明だった玉が、ゆっくりと緑がかった銀色へと染まっていくのが見えた。
ラニアが小さく頷き、エドモンドに告げる。
「一つはそれでいい。……もう一つも」
エドモンドは無言で次の玉へ魔力を移し替えた。そして、二つの玉が揃ったところでレオンの手を放す。
「これで、いいと思うけど」
ラニアは玉を受け取り、両手で強く握りしめる。しかし、見た目には変化がない。それでもリリアーナはそれを受けとり、レオンの前に膝をついた。
「レオン、少し触るわ。痛かったらごめんね」
包帯を外した瞬間、レオンの肩が小さく跳ねた。リリアーナは震える指先で瞼をそっと持ち上げ、――玉を、眼窩の空洞へとゆっくりと埋めていく。
そして両手をかざし、強く祈る。
……どうか育って。
どうか、レオンの目になって。
しかし、玉にも、レオンの身体にも変化は現れない。焦りが胸の奥で爪を立てる。
その横で、ラニアが小声で指示を出す。
「リリー……レオンの魔力と、その玉を繋げるんだよ。 リリー自身の目の魔力と、同じように」
……繋げる?
リリアーナは意識を研ぎ澄ませる。レオンの魔力の揺らぎ。玉に宿る微かな魔力。細い糸を結ぶように――繋げ、繋げ、繋げていく。
それでも足りない。
目の形、網膜、虹彩――すべてを思い描かなければ。
「リリアーナ。僕の目を見て」
レオンの隣に並んだラニアの瞳が、真っ直ぐにリリアーナを見つめた。そして――思い出す。団長の、深い瞳の色を。レオンの瞳を想像した。そして、そこに存在する未来を。
その瞬間、リリアーナには何かが見えた。玉が形を変え、レオンの中に根づいていく。
朝から始まった施術は、いつしか正午を過ぎていた。リリアーナは大きく息を吐き、手を下ろす。
「……ここまでが限界です」
エドモンドが近づき、問う。
「結果はどうだ?」
リリアーナは、ただ首を横に振るしかなかった。
「……わからない」
するとラニアが提案する。
「馴染むまで、目は開けない方がいいかも」
四人は静かに部屋を後にした。
廊下の先で待っていた団長と、その弟。
立ち上がった団長が問いかける。
「どうなったんだ?」
リリアーナは真っ直ぐに視線を返した。
「出来る限りはしました。ですが、確認は……明日まで待っていただけませんか?」
団長は短く息をつき――頷く。
「……わかった。明日、一緒に確かめよう」
「レオン、体調はどうだ?」
問いかけられた少年は、少し考えたのち、
「……不思議な感じ」
とだけ答えた。
その曖昧な言葉が、誰よりも希望の匂いを含んでいた。




