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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第4章

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レオンの瞳

リリアーナはレオンを見つめる。

まだ、自分より幼い。こんなにも小さな手が、どれほど悔しさを抱えてきたのだろう。


やがて、リリアーナは静かに口を開いた。


「……あの。レオンと、二人だけでお話をさせていただけませんか?どうするかは、そのあと……話を伺ってからにしたいのです。」


真剣な瞳に、部屋の空気がわずかに揺れた。



リリアーナとレオンは、小さな客間へと案内された。


閉ざされた空間に、微かな緊張だけが漂う。


「少し……顔に触ってもいい?」

リリアーナはできるだけ優しく尋ねた。


「……いいよ。」

短く返すレオンの声は硬い。諦めに慣れてしまった子の声。


リリアーナは包帯越しに、そっと手をかざす。

少しだけ魔力を通してみる。


――治って……どうか……


念じる想いは届かず、

包帯の奥は、ぴくりとも反応を返してこない。


(……やっぱり、無理)


胸に、ひやりとした悔しさが落ちる。


「……治らない、だろう?」

レオンの問いはあまりにも真っ直ぐで、残酷だった。


リリアーナは返事ができなかった。

代わりに、別の問いが口からこぼれる。


「……ねぇ。どうして、泉に行ったの?」


「言いたくない。」

レオンは顔をそむけた。空気がまた重く沈む。


しばらくの沈黙。

それを破ったのは、リリアーナだった。


「……あのね、私……死にかけたことがあるんだ。」


レオンは顔を上げた。


「私ね、ここにはもう住めないって思って……その場所から黙って出たことがあるの」

リリアーナはゆっくりと語り始めた。


「誰にも言わずに、隣町へ向かう途中……雪苺が生えてて。美味しそうだったから、つい食べちゃって」

少し苦笑を混ぜる。


「……そしたら、それは雪苺と違って。強い毒のある実でね。倒れちゃったの」


「……すごいな」

思わず漏れたレオンの言葉に、リリアーナはむっとしたように眉を寄せる。


「すごいな、じゃないの。大変だったんだから。エドモンド様、すごく怖い顔してたし……私は甘くて美味しい実を食べたつもりだったし」


レオンはぽつりと尋ねた。


「……叱られなかったのか?」


「叱られは、しなかったよ。みんな心配してた」


レオンの指が小さく震えた。


「……母さんが、泣いてた。なんで、こんなことにって」


リリアーナは静かに目を伏せ、小さく言った。


「理由なんて聞いても……結果は変わらないのに、ね」


レオンは唇を噛む。


「だから……言いたくない」


リリアーナはふっと微笑んだ。


「どうせ……ただ泉を見たかっただけでしょ?」


レオンは強く首を振る。


「違うよ」


そして、ぽつりとこぼれた。


「……ひとりで泉に行って、銀貨を投げたら……願い事が叶うって……聞いたから」


言ってしまった。そう言わんばかりに、レオンはぎゅっと拳を握り締めた。


「願いって……何?」

リリアーナがそっと問いかける。


「……誰にも言うなよ」

レオンはぎゅっと唇を噛みしめた。


「父さんみたいに、強くなりたいって……願ったんだ。それが、この結果」


肩が落ち、レオンの顔は影に沈む。


リリアーナは、胸の奥がきゅうっと締めつけられた。

――そんな願い、誰だって言えない。笑えない。


「こんな目じゃ、もう無理だ。何も、出来ない……」


レオンの声は震えていた。


「父さんだって、僕に気を使って……

こんなところにまで連れてきたけど……」


かすかに息を呑む。

包帯の下、閉ざされた瞳が見える気がした。


「……僕だって……。見えるようになりたいよ」


泣き出しそうな声。

その叫びは、幼さと必死さが入り混じった痛みだった。


リリアーナは、何も言えなかった。

言葉が、どれも軽すぎて。

ただ、レオンの近くで静かに息をしていた。

しばらく沈黙の時があった。


「……さっき聞いたことは、誰にも言わないわ」

リリアーナは、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「だから……私が毒の実を食べたことも、他の人には内緒にしてね」


「……知られたら、嫌なのか?」

レオンの声は淡々としている。


「……少し、恥ずかしい」

リリアーナが答えると、レオンは小さく鼻で笑った。


「一晩……治せるかどうか、考えてもいい?

目を……見てもいいかな?」


「いいよ」

レオンは微かに頷いた。


リリアーナの指先が、そっと包帯に触れる。

一巻き、また一巻き――慎重に解いていく。


そして、そっと瞼を持ち上げた瞬間。


言葉が、消えた。


そこにあるはずの光は――何も無い。

黒々とした、あまりにも深い空洞だけ。


ひっ、と喉の奥で悲鳴が上がりかける。

握った指先から、体温が抜ける。

鼓動が痛いほど跳ねた。


リリアーナの動揺を感じ取ったように、

レオンが静かに言った。


「……やっぱり、無理だろう?」


もう、諦めることに慣れた声だった。


リリアーナは……何とか声を絞り出す。


「……一晩、考えさせて」


それしか言えなかった。

それしか、言えなかったのだ。



二人は皆の元へ戻った。

リリアーナは、ぎゅっと指を握りしめたまま、団長に言った。


「……一晩、考えさせて貰えませんか?」


沈痛な面持ちの少女を見て、団長は言葉を失ったまま、ただ頷いた。

エドモンドもラニアも、何も言わずにその様子を見守るだけだった。


こうして一行は、団長の弟の家にもう一晩滞在することになった。


その夜――

リリアーナは眠ることができなかった。


レオンの傷ついた姿が何度も脳裏に浮かぶ。

どうにかして、治してあげられないだろうか。

ほんの少しでも、見えるようにできないのだろうか。


自分の瞳へ意識を向ける。

魔力が血液のように、体の隅々を巡っているのが感じられる。

目にも、確かに魔力が流れている。


――だが、レオンは。


触れた時に分かった。

彼の瞳には、魔力の欠片すら残っていなかった。


(……こんなの、どうすれば)


レオンの「諦め」に満ちた声が、耳から離れない。


――見えるようになりたいよ。


その言葉が胸を焼きつづけた。


リリアーナは、暗闇の中でただ一人、

夜が明けるまで考え続けたのだった。


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