ラディンの旅立ち
翌日の夜、ラニアが作り出した玉と、木の魔物の種をどう扱うべきか――再び話し合いの場が設けられた。
「ラディン、すまないが……、行って来てくれないか」
オルフェウスの言葉に、ラディンは一瞬、目を瞬いた。
「俺が、行くのか……?」
「あなたしか、頼めないのよ」
マルグリットが穏やかに微笑む。
「ラニアはまだ幼いし、リリアーナはその相手だ。二人は同行できない。俺は領主代理として城を離れられん」
エドモンドの言葉が続く。
どうやら、三人は結託したようだった。
リリアーナは、あれ、いつの間にか決まってる?と四人を見る。
「……わかったよ」
深くため息をつきながらも、ラディンは頷く。
報奨として、魔鳥の鱗と羽根をいくつか受け取ることが決まった。
そして、ラニアが作った玉を幾つかと、木の魔物の種を携えて。
半ば押し切られるようにして、ラディンの旅立ちは決まった。
意外だったのは、ラニアが「ぼくも、ついていく」と言わなかったことだ。ラディンが遠くだから、一緒に行けない、と丁寧に説明したのが功を成したのか……。
「……わかった」
ラニアは小さく言っただけだった。
やがて旅立ちの日、皆でラディンの見送りをした。
「気をつけて。くれぐれも扱いに注意するんだぞ」とオルフェウスが言う。
「言われなくても、慎重に扱うよ」とラディンが応じたその時、ラニアが声を上げた。
「待って。……これ、持っていって」
ラニアは何かを紙に包み、そっとラディンの前に差し出した。
「……なんだ?」とラディンが尋ねると、ラニアは少し俯きながら答えた。
「ぼくの髪の毛。……何かの役に立つかもしれないから」
ラディンは一瞬、言葉を失い、それから静かに頷いた。
「……とりあえず、貰っていくよ。有難う」
こうして、ラディンは玉と木の魔物の種を携え、旅立っていった。
ラディンが旅立った後、リリアーナは目の回るような忙しさに追われていた。マルグリットから、甘甘草の増産を一任されていたのだ。
毎日、疲れ果てるまで魔力を庭一面に注ぎ続けた結果、甘甘草は驚くほどの速さで、青々と繁っていった。
マルグリットは日ごとに成長を確認し、収穫の順を決めては次々とお茶に加工するよう指示を出した。
「まずは、公爵家にサンプルとして少量を送るのが良いかしら?」
ラニアから「品質は最高だよ」と言われ、自分の分を確保した上で、マルグリットは小さく呟いた。
「……かなり、良い収入になりそうね」
口元には笑みが浮かんでいた。
一方その頃、オルフェウスは倒れていた。
「父上、弓の練習をしましょう。ラニアが言ってました。頑張れば、父上でも魔力を矢にのせることが出来るって」
エドモンドが目を輝かせながら言う。
「……いや、私はもう大分弓から離れていたし、若い者のほうが上達も早いだろう?」
苦笑しながらオルフェウスは言葉を濁した。
「そうです。ところで、若い兵士で1人、ラニアが魔力の適性があるって教えてくれたんです。父上と一緒に練習できますよ」
若い兵士と競うように訓練など、まっぴらごめんだ――そう心の中で思ったオルフェウスだった。
「……だが、領主としての仕事があるしな」と逃げ口上を探す。
だが、その隙をマルグリットの声が容赦なく塞いだ。
「執務のことなら私が手伝うから、大丈夫です。練習をすべきでしょう」
その言葉に、オルフェウスは何も言い返せなかった。
こうして、オルフェウスと若い兵士による魔力操作の訓練が始まった。
エドモンドは他人の魔力を“抜く”ことができる。
「……何も感じないのだが?」とオルフェウスが言うと、
「では、もう少し魔力を抜きますね」とエドモンド。
すでに若い兵士はしっかりと魔力の流れを感じていた。
焦るオルフェウス。しかし何も感じない。突然、視界がぐらりと揺れる。
――そして、オルフェウスはその場に倒れた。
「……また明日頑張りましょう。他の方法も色々試してみるのも良いかも」
熱心なエドモンドの声が響く。
「……もう、やめてくれ」と心の中で呟きながらも、口には出せないオルフェウスだった。
一方で、ラニアはというと、ずっと、何かを思い詰めるように、遠くを見つめる日々を送っていた。




