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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第3章

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木の魔物を作るラニア

ラディンはラニアとともに城へ戻った。

ラニアをリリアーナに預けると、彼はエドモンドに「内密に話がある」とだけ告げた。


「どうしたんだ?」とエドモンドが眉をひそめる。

ラディンは静かに懐から小さな玉を取り出し、掌にのせて見せた。


「……これが何かわかるか?」


淡く光を反射するその玉を見つめ、エドモンドは首をかしげた。

「魔力を込められる玉、か?……だが、ずいぶん歪だな」


ラディンは一息つき、低く告げた。

「実は……ラニアが魔石から作ったんだ」


「……なんだと?」

エドモンドの声がわずかに震える。「魔石から……?」


「俺の目の前で作った。間違いない」


エドモンドは沈黙し、やがて玉を手に取った。

「……魔力を込めてみて、いいか?」


ラディンがうなずくと、エドモンドは目を閉じ、掌に魔力を流し込む。

次の瞬間、玉の中で銀にわずかな青を帯びた光がゆらめき、静かに脈打った。


「……本物だ……」


呆然としたまま、エドモンドは小さく息を漏らした。


「これは……世に出しても大丈夫なのか?」

ラディンの問いに、エドモンドは腕を組み、難しい顔で玉を見つめた。


「……貴重なものだとしか聞いていない。滅多に島の外に出ない物らしい。扱いを誤れば、騒ぎになるかもしれん」


ラディンは小さく息を吐く。

「やはり、そうか……」


二人のあいだに沈黙が落ちた。結論は出ないまま、ただ玉は淡く光っていた。


――その頃。


ラニアはリリアーナの隣にぴったりとくっついていた。

「リリー、何見てるの?」と、ラニアが首をかしげる。


「木の魔獣で作られた矢を見てるの。すごく威力があるんだって。でもね、今年は木の魔物がなくて、作れないって言ってたの」


「木の魔物が、ほしいの?」


「欲しくても、この辺りにはいない魔物なのよ」とリリアーナは少し寂しげに笑った。


ラニアはじっと彼女の手を見つめる。

「でも、リリアーナは“緑の手”を持ってるよね? 出来ないの?」


「話によると、種を魔獣に埋めて育てるんだって。種がなければ、どうしようもないのよ」


「……種に近いモノがあったら?」


リリアーナが目を瞬く間に、ラニアは矢の束を覗き込み、一本一本を丁寧に眺めていった。

やがて、一本の矢に指を止める。


「これ、かな?」


ラニアは小さく微笑むと、矢をそっと抜き取った。

「まずは、エドモンドにお願いに行こうか」


そう言って、迷いなく歩き出すラニアの背を、リリアーナは不思議そうに見つめていた。


「エドモンド、木の魔物が欲しいんだって? ちょっと試してみない?」


ラニアの突拍子もない言葉に、エドモンドは思わず眉を上げた。

「……試すって、何をだ?」


「木の魔物を作るのを」


「作る……? そんなこと、できるものなのか?」


「うーん、わかんないけど……できるかも?」

ラニアは悪びれもせずに笑った。


ラニアは、ラディンの血が入っていた器と、いの、模様の描かれた布を用意してもらうと、ラディンに向き直った。

「ラディンは狩りが上手いよね? ささっと猪型の魔獣を狩ってくれる?」


「……狩ったら、その場に魔獣避けを置いて、場所を案内すればいいのか?」


「そうそう」


エドモンドも「頼む」と一言添えたため、ラディンは半ば呆れながらも狩りに出た。

そして――拍子抜けするほどあっさりと、猪型の魔獣を仕留めて戻ってきた。


ラディンの案内で一行が現場へ向かうと、そこには確かに魔獣の亡骸があった。


「早いな……」

エドモンドは苦笑しながら、脂をナイフで剥ぎとり、包んだ。


ラニアは一本の矢をぎゅっと握りしめ、静かに息を吐いた。


「……できた」


小さく呟くと、彼女はその矢をエドモンドに差し出した。

「この矢を、魔獣に深く刺して」


「わかった」


エドモンドは躊躇なく矢を突き立てる。

「リリー、矢に“種”があるイメージを持って。育つように、魔力を注いで」


「え、ええ……」

リリアーナは戸惑いながらも、ラニアの言葉に従い、両手を矢にかざした。


――沈黙。


次の瞬間、矢がみるみるうちに脈動し、木の幹のように肥大していく。

地面を突き破るように根が伸び、枝が広がり――それはやがて、一体の“木の魔物”へと姿を変えた。


「……成功、した……?」


そう思ったのも束の間、魔物の身体から無数の触手が伸び、襲いかかってくる。


「触手が襲ってくる! 一本を残して、全て斬るぞ!」

エドモンドは鋭く叫び、すでに剣を抜いていた。


ラディンとリリアーナも素早く構える。

「ラディンはラニアを守れ! リリアーナ、魔物は固い。魔力をのせて斬るんだ!」


エドモンドの指示に、ラディンはラニアを抱きかかえて後方へ退いた。

エドモンドとリリアーナが前へ出る。


襲いくる触手を、エドモンドは慎重に、一つ、また一つと斬り払っていく。

リリアーナも初めてとは思えぬほど冷静に、動きを見極めながら切り落としていった。


やがて、残るは一本。

木の魔物の動きが、ぴたりと止まる。


「リリアーナ、止まって!」

エドモンドが声を上げた。


――カイルスの時と同じだ。


エドモンドは触手の先に種が出来るのを待った。黒く染まった種になると、迷いなく切り落とした。

それを器に入れ、すぐに蓋をして、模様の描かれた布をしっかりと巻く。


そして木の魔物は、まるで役目を終えたかのように音もなく枯れた。


――風が吹き抜ける。

辺りは、静寂に包まれる。


「……何が、起きたんだ?」

ラディンは、枯れた木の魔物を見つめながら、低くつぶやいた。


ラニアは特に動じる様子もなく、答えた。

「あの矢ね、まだ木の魔力が少し残ってたの。だから、ちょっとだけいじって“種っぽく”したんだ。あとは、リリアーナに育ててもらっただけだよ?」


あまりにも軽い口調に、エドモンドは目を瞬かせた。……確かに、お雪様は、種を作ってリリアーナに植えていた。能力的には、あってもおかしくない。


「……それで、これで、封印されてるのか?」


「今はね」

ラニアは肩をすくめて、器に巻かれた布を指さした。

「でも、その布が外れたら……どうなるのか知らないけど?」


誰もが一瞬、沈黙した。

風が通り抜け、枯れた枝を揺すった。


やがて、エドモンドが静かに息をついて言った。

「……とにかく、木の魔物の素材と、魔獣の脂が手に入ったんだ。これで次の準備ができる」

そして、ラニアを見て口元を緩めた。

「ラニア、すごいな」


「えへへ~。もっとほめて~」

ラニアは嬉しそうに笑い、ラディンの腕の中でぴょこんと跳ねた。


一方、リリアーナは自分の両手をじっと見ていた。緑の手なら、植物の成長はわかる。治癒なら、傷が治るのもわかる。しかし、今回は木の魔物だ。……植物になるの?それとも、生き物?自分の力が、何にどう作用しているのか、分からなかった。ただ、出来てしまった、という事実があった。


……こうして、彼らは次に訪れる“魔鳥の来襲”に備えて、着々と準備を進めていくのだった。



執務室には、オルフェウス、マルグリット、エドモンド、リリアーナ、そしてラディンが集まっていた。ラニアは疲れて、早々ベッドで寝た。

机の上には、淡い光を放つ玉と、布に丁寧に包まれた木の魔物の種が置かれている。


最初に口を開いたのは、マルグリットだった。

「この玉……鑑定に出してみるのはどうかしら?」


「国宝級だなんて言われたら、どうするつもりだ?」

オルフェウスが眉間にしわを寄せる。


エドモンドが頷きながら言葉を継いだ。

「セラフィーネの島でも、玉は“極めて貴重”だと言っていた。下手に広まれば厄介なことになる」


「……それよりも、あの木の魔物の種は、あのままでいいのか?」

オルフェウスの視線が、包まれた布の方へと向かう。


マルグリットは静かに首を振った。

「“いい”とは、とても言えません。いつ暴走するかもわからない。そんな危険なもの、城に置いておくのは……」


皆の顔に、重い空気が漂った。


その時、リリアーナが小さく口を開く。

「……セラフィーネに、相談してみるのはどうでしょうか?」


その一言に、全員の視線が彼女に集まった。

そして、次の瞬間――


「それだ!」


全員の声が重なった。

だがすぐに、現実的な問題が浮かび上がる。


「……で、誰が行く?」

オルフェウスが静かに問いかける。


わざわざ“来てくれ”とは言えない。となれば――行くしかない。


誰もが、他の良い手段がないか、再び考え始めた。

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