リリアーナは、渡した?
リリアーナはエドモンドを海辺に誘った。
「あのね、先日海藻を拾いに行ったの。そこでね、綺麗な貝殻が落ちてて……。拾いに行こうと思ってたの」
「なんで海藻を拾いに?」とエドモンドが尋ねる。
「この島の畑、土が元気ないから。良い土を作ろうと思って。昔読んだ本に、海藻も良いって書いてあったんだよ」
「城の庭には、落ち葉を入れてたな」
「そう。だから森からは、落ち葉を運んだの。きっと、いい土が、出来るよ。そうしたら、元気に育つよね」
嬉しそうに話すリリアーナの声は、潮風に乗って柔らかく響いた。
「一緒に海が見れるなんて、夢みたい……」
そう言って、リリアーナは笑顔でエドモンドを見上げた。
二人は砂浜に着く。
「岩場より、こっちの方が貝殻があるの」
リリアーナは砂の上を見つめながら歩く。白い足跡が並んでいく。
空も、海も、リリアーナも——すべてが眩しく感じるエドモンド。
「ほら、これなんてすごく綺麗だよ」
リリアーナは薄いピンク色の貝殻を拾い上げ、笑みを深めながらエドモンドに見せた。
「……そうだな」
エドモンドは微笑み返す。
けれど心の中では、そっと思う。
……リリアーナの方が、ずっと綺麗だ。
……この穏やかな瞬間が、永遠だったら。
波の音は、絶え間なく続いていた。
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翌朝、セレナはいつになく上機嫌だった。
朝の光を浴びながら、頬をほころばせている。
次の船にセラフィーネが乗らない――そう聞いたからだ。
お姉様が、まだ島にいてくれる。
うふふ……嬉しいな。
精霊たちもいるし、きっと当分はこの島に滞在するはず。
セレナの心は、穏やかな幸福感で満たされていた。
彼女の周りでは、小さな光がふわりと漂っていた。その、青白い炎のような精霊に、セレナは何気なく話しかけた。
「うふふ、ふふ。……今まで、ごめんね」
特に深い意味もなく、ただ思いついたままの言葉だった。
けれど――。
「……ソウダネ」
耳に届いたのは、確かに声。
セレナの動きが止まる。目を見開き、息を呑んだ。
「い、今……話した……?」
「話シシタネ」
青白い炎が、淡く揺れながら応えた。
セレナの胸がどくんと高鳴る。
驚きと喜びが一気に押し寄せ、頬が熱くなった。
――精霊と、話せた……!
それは特別なことだ。
ただ、セレナの魔力は強く、そして彼女は“精霊の愛し子”。本気で心を向ければ、精霊と心を通わせることは簡単な事だった。
「お姉様、大変です」
セレナは勢いよく部屋を飛び出し、セラフィーネのもとへ駆けていった。
部屋の扉を開け放ち、息を弾ませながら叫ぶ。
「お姉様、わたし……精霊と話せるようです」
セラフィーネは驚きの表情を浮かべた。
「本当に……?」
セレナは嬉しそうに頷いた。
その頬は朝日よりも明るく輝いている。
「はい。この精霊が、返事をしてくれました」
セラフィーネは静かに笑った。
「それは……すごいことよ、セレナ」
姉妹の間に柔らかな光が差し込んだ。
しかし、セラフィーネは、しばらく沈黙していた。その瞳は、遠くを見つめるように静かで、けれどどこか鋭い光を帯びている。
やがて、低く囁くように言った。
「……いつもリリアーナの傍にいる精霊の声も、聞けるのかしら?」
セレナは首をかしげた。
「どうでしょう?」
「……確かめたいことがあるの。リリアーナ達を呼んでくれる?」
セレナは頷き、部屋を出ていった。
ほどなくして、セラフィーネの部屋には四人が集まった――セレナ、リリアーナ、ラディン、そしてエドモンド。
外では海風が鳴り、窓の外の木々がざわめいた。
セラフィーネは静かに息を吸い、言った。
「セレナ、リリアーナのお雪様に話しかけてみて」
セレナは頷き、お雪様を見つめる。
「……お話、できますか?」
お雪様はふわりと揺れた。
だが、声は返ってこない。
「……出来ません」
セレナは小さく首を振る。
その瞬間、セレナの傍らで青白い炎がふっと揺らめいた。
炎は小さく明滅しながら、まるで何かを伝えようとしているようだった。
「……精霊同士なら、話ができるそうです。『何か聞きたいの?』と」
セレナは炎を見つめたまま、静かに言った。
その言葉に、ラディンが口を開く。
「……リリアーナが、お雪様に渡したのは、何だ?」
エドモンドが息を呑む。
「渡した……?」
お雪様と青い炎が、互いに呼応するようにゆらゆらと揺れた。
その光景は一見、穏やかで――けれど、どこか不安にさせる美しさを帯びていた。
やがて、炎がふっとお雪様から離れ、セレナの近くに寄ってくる。
セレナの顔色がみるみる青ざめていく。
「……あ、言っても……いいですか……?」
声が震えていた。
リリアーナが不安げに見つめ、静かに頷く。
「何を、言ってるの……?」
セレナは唇をかすかに噛み、青白い光を見つめたまま言った。
「……リリアーナの中に……お雪様の一部を、入れたそうなのです。
……“種”みたいなもので。リリアーナの魔力と血をもらって……育つと。
今はまだ芽が出ていないけれど……いつしか、芽が出るだろう……と」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
「なに、それは……」
セラフィーネがかすれた声で呟く。
「種、だと……?」
ラディンの声にも焦りが混じっていた。
エドモンドは何も言えなかった。
目の前の光景を理解しようとしても、頭が追いつかない。
お雪様と青白い炎が、再びゆらゆらと揺れる。
その動きはまるで、何かを楽しんでいるかのようだった。
セレナが青ざめた顔で口を開く。
「……精霊は、リリアーナの魔力が……リリアーナそのものが、とても好き、と。
だから、人間の赤ちゃんみたいに……“何か”をリリアーナと精霊で作りたい、と。何が作れるかは、わからないけれど……と。」
その言葉を最後に、誰も口を開かなかった。




