リリアーナ目覚める
リリアーナはセラフィーネの目が覚めた翌朝、目を覚ました。
隣ではラディンが壁にもたれて座ったまま眠っている。器用だなぁ、と少し笑いながら、部屋を見回す。
しばらくぼんやりしていたが、次第にあの夜の出来事がよみがえる。胸がざわついて、リリアーナはラディンの肩をゆさゆさと揺すった。
「ラディン、起きて。傷は、どうなったの?」
ラディンはゆっくり目を開けた。目の下には深い隈。疲れ切っているのが一目でわかる。
「……セラフィーネは生きてる。多分、大丈夫だ。それより、何ともないのか?」
「何が?」
「いや……体とか、魔力とか。違和感とか」
「特にないよ。それよりお腹空いた……。ご飯、食べられるかな」
ラディンは苦笑して立ち上がった。
「聞いてこよう」
「あ、一緒に行く!」
リリアーナは勢いよく、言った。そして、少しふらりとしながらも笑ってついていった。
調理場に顔を出した。快く食事を用意してくれる。リリアーナはもぐもぐと食べながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「ねぇ、いつの間に精霊が現れたの?」
ラディンは食べるのを止めて答える。
「リリアーナが倒れた後に、セレナが祈ったんだ。そしたら、現れた」
「そうなんだ……よかったね。きっと、もう大丈夫だよね」
リリアーナはにっこり笑う。その笑顔を見て、ラディンの肩の力が少し抜けた。
「……だと、いいけどな」
「ねぇ、セラフィーネに会えるかな?」
「大丈夫だろう。行くか?」
「もちろん!」
リリアーナは最後の一口を口に放り込み、立ち上がった。
外では、朝の光がきらきらと差し込み、庭の木の葉が風に揺れている。
先日までの不安が少しずつ溶けていくような、そんな穏やかな朝だった。
「セラフィーネ、今、いいか?」
ラディンが扉の向こうに声をかける。
「……いいわよ」
穏やかな声が部屋の奥から返ってきた。
「入るね」と言って、リリアーナは嬉しそうに扉を開け、駆け寄った。
ベッドの上で起き上がっていたセラフィーネが、少し驚いたように目を見開く。
「傷はどうなったの? 大丈夫なの?」
息を弾ませながら尋ねるリリアーナに、セラフィーネは小さく笑みを浮かべた。
「傷口はもう塞がっているわ。治してくれたのね、有難う」
その言葉を聞いた途端、リリアーナの瞳がうるんだ。
「……駄目かと思ってた。本当に、良かった」
こらえきれずにこぼれた涙を、慌てて手の甲で拭う。
セラフィーネはそんなリリアーナを見て、静かに微笑んだ。
「リリアーナこそ、体調はどうなの?」
「普通かな……たぶん大丈夫!」
その答えに、セラフィーネは少しだけ訝しげに眉を寄せたが、すぐにやわらかく頷いた。
「……それなら良かったわ」
窓から差し込む朝の光が、二人の笑顔を包み込む。
ようやく訪れた穏やかな時間に、ラディンもほっと息をついた。
リリアーナは精霊たちが戻ったことで、しばらくは好きに過ごしていいと許可をもらった。船が来るまでの間、時間がある。
その日の昼、リリアーナはセラフィーネの部屋を訪ねた。
「セラフィーネ、ちょっとお願いがあるの」
「なにかしら?」
「良い土地の作り方を教えたいの。だから、少し場所が欲しいの」
セラフィーネは少し考えてから微笑んだ。
「……そうね。裏庭がいいかしら。セレナに案内させるわ」
セレナに連れられて裏庭の奥まで来ると、海風がやわらかく吹き抜けた。
「ここなら、今は何もしていないのだけど」とセレナが言う。
リリアーナは目を輝かせて頷いた。
「ここに穴を掘って、落ち葉と海藻をいっぱい入れたいの。きっと良い土ができると思うの!」
「……良い土?」
「そう。島に来たときに思ったの。ここの土、ちょっと元気がないなって。
でも、良い土ができれば作物はちゃんと育つはず。だから、試してみてほしいの」
セレナは少しだけ首をかしげた。
「でも、リリアーナは島を去るのでしょう?」
「うん。だから代わりに様子を見ててほしい。土が黒くてふかふかになったら、何でもいいから種を植えてみて。きっとよく育つと思う……」
リリアーナの瞳が真剣にきらめく。その言葉には、領の庭で薬草を育ててきた日々の確信が宿っていた。
「……まあ、植えるだけなら」とセレナが小さく笑う。
「きっと、うまくいくと思うよ。実がつくと、とっても嬉しくなるから……」リリアーナは期待に満ちた声で答えた。
その日、リリアーナは森で落ち葉を集め、海岸で海藻を拾い、裏庭に掘った穴へと運び込んでいった。
潮の香りと森の匂いが混じる中、彼女は土を道具で掘り返しながら、嬉しそうに鼻歌を歌っている。
そのすぐそばでは、白い精霊――お雪様が、ふわりと浮かびながら見守っていた。




