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87.賢者様、秘技をつかって大臣を仕留める




「魔法兵、ありったけの魔法をぶちこむんですわ!」


 クラリス様は辛うじて残った兵士たちに魔法攻撃をしかけさせる。

 ファイアアローやファイアストームといった一般的な攻撃魔法だが、十人単位で囲まれればキツイはずだ。

 致命傷とはいかないまでも、一定のダメージを与えられるだろう。


「そんなものォ、効かぬわァアアア!」


 大臣は炎をまともに喰らってもぴんぴんしていた。

 呼吸が乱れている様子さえない。


「回復してるわ。あいつの鎧、魔力量が普通じゃない」


 聖女は冷静に分析しているらしく、どうやら鍵はあの鎧にあることが分かる。

 ふぅむ、殺さずに鎧だけを破壊することが求められているらしい。


 私が魔法を放って、瀕死のところで聖女の蘇生魔法を放てば何とかなるだろうか?

 いや、それだとタイミングが悪ければ死んじゃう可能性もあるよなぁ。

 私の頭脳は冴えわたり、最適解を叩きだそうと計算を始める。


「先生、私に考えがございますの!」


「クラリス様!」


「えぇ、アレを使ってやれば、きっと行けますわ! 間違いございません!」


 そんな折、クラリス様は私にこの事態を打開する作戦を耳打ちしてきた。

 それは素っ頓狂そのものであり、耳を疑う内容。

 勝算があるかといえば、たぶん、ない。

 だけど、せっかく彼女が一歩を踏み出したのだ。

 それを応援するのが指導者の役割ってものだろう。


「よし、みんな、集まって! 作戦を伝えるよ!」


「なんで、私があんたの策に乗らなきゃいけないのよ」


 ライカとクラリスとルルルカとミナモトを集めて、策を伝える。

 他の兵士たちは交戦中だし、このメンツでどうにかするしかない。


「給金分は働きますよっ!」


 まずはルルルカの付き人のミナモトだ。

 彼女には兵士たちの足止めをお願いする。

 ライカだと打ちどころが悪ければ殺しちゃう可能性があるので、これはしょうがない。


「ライカ、いっきまぁああす!」


 ライカは大臣の後ろに回って、猛烈な柴ドリルを背中に叩き込む。

 はっきり言って、並みの騎士じゃ致命傷になる一撃。

 だってあの鎧にひびができるぐらいだもの。


「ぐぬぅうう、効かぬわぁああああ!」


 それでも大臣は元気そのもの。

 どうやらあの鎧から魔力が供給されて生命を維持できているらしい。


「くらいなさぁああいっ!」


 ライカはそのまま敵の耳元で大声で叫ぶ。

 先日もみせた、魔力をのせた、あの咆哮である。

 大音量で叫ばれたらたまらないだろう。


「ぎゃひ!?」


 さしもの化け物大臣も鼓膜をやられたのか、よろめき始める。

 よし、今なら大丈夫だ。


「これでも喰らえですわ! 【違法魔物植栽かってうえ】ですわ!」


 クラリス様はもう走り始めていた。

 彼女は大臣の背中にあのモンスター植物を植える。

 そう、置いたのではない。

 植えたのだ。

 モンスター植物を魔力で強化し、定着させたのである。

 彼女の腕は緑色の魔力で輝き、誰がどう見ても魔法を使っているのが分かる。


「あの犬人だけじゃなく、クラリスも魔法らしきものを使っただと!?」


「そんなバカな。劣等種のはずが」


 これには彼女の兄たちも驚愕の表情だ。

 獣人は魔法が使えないってずーっと思い込んでいたんだものね。

 あんたたちは彼女の持っている勇気の数分の一でも持っているのか、胸に手を当てて反省して欲しい。


「触るなぁあああ!」


「きゃっ!?」


 しかし、戦いは予断を許さない。

 大臣の回復は早く、クラリス様は跳ね飛ばされる。

 

「危ないっ!」


 そこを間一髪でライカが救助。えらい!


「さぁて、我々の出番だよ!」


「わかってるわよ! あの鎧は私がもらうからね!」


 最後の仕上げは私たちだ。

 私は大臣に死の尻尾鞭を放って足止めをする。

 致命傷を負わせかねないけど、タフな大臣なら大丈夫のはず。


「貴様、アンジェリカだな、なぜ、ここに!? 貴様が、貴様があんなものを残しておかなければあぁあ!」


 むこうはやっと私の存在に気づいたみたいだ。

 やたらと怒っているけど、私は彼の恨みを買うことをした覚えはない。

 そもそも、もう遅い。


「豊穣の女神よっ! アレを育てたまえっ!」


 彼の背後に回りこんだ聖女が強化魔法を放ったのだ。

 淡いピンク色の光が例のモンスター植物を包み込む。


「エムペペちゃん!?」


 すると、「えむぺ、ぎぎぎ」などと気色の悪いうめき声をあげながらモンスター植物が大きくなっていく。

 聖女はモンスター植物の「魔力を吸い取る力」を強化したのだ。

 この場合、宿主である大臣の鎧の魔力を吸い込み続けるはず。


「アンジェリカ、これ、どうすんのよ?」


「新たなる災厄みたいになったねぇ」


「呑気なことを言ってる場合!? 今度はこの化け物を処理しなきゃいけないでしょ!?」


 あまりにも育ち過ぎた植物に聖女は困り顔だ。


「おのれ、こしゃくなぁあああっ!」


 回復力を失い、卒倒するかに思えたが、大臣の覚悟もなかなかのものだった。

 彼は全身の魔力を一点に集め、魔力爆発を起こそうとしていた。

 これを引き起こそうとしたのはかつての魔王ぐらいなもので、いわば、死なばもろともの精神である。

 なかなかやるじゃない。

 

「ひ、ひぃいいい、死にたくないぃいい!?」


「た、助けてぇええ!?」


 王族たちの情けない声が聞こえる。

 あの鎧にはまだ十分な魔力が残っているようだ。

 魔力爆発が起これば、その被害は尋常ではないだろう。


「ルルルカ、あれ、止められる?」


「止められないけど、10万ゼニーで守ってあげるわっ! みんな、私の傍に来なさい!」


 聖女が杖を構え、最大限の防御障壁を張り巡らせる。

 それは謁見の間の半分を占めるほどの巨大な魔法の壁である。

 魔王の破壊魔法をしのいだ術式だ。

 これでなんとか守れるかも!?


「お父さま!?」


 異変に気づいたのはクラリスだった。

 病み上がりの国王陛下の避難がまだ完了していなかったのだ。

 彼は国の行く末を見守るつもりだったのか、玉座に残っていた。


 クラリスは聖女の盾の後ろから離れ、国王陛下のもとに向かう。

 正直、正気の沙汰じゃない。

 だけど、それでも気持ちはわかる。

 助けてあげたいって気持ちは痛いほど。


「ぐがぎ、えむぎぎぎペペぎぎ」


 そんな時のこと。

 大臣に寄生していた植物が気持ちの悪い声をあげながら変化していく。

 大臣を取り囲んで、ぐるぐる巻きになっていくのだ。

 まるで爆発の威力を少しでも和らげようとするかのように。


「エムペペ!? あなた、バカですわ! 死にますよ! 離れなさいっ!」


 国王陛下に肩を貸して避難をしていたクラリスは叫ぶ。

 

「えむ……ぺぺ……」


 モンスター植物はクラリスの声に呼応するかのように、その口でなにごとかをつぶやく。

 そして、ギザギザの歯を見せてにやりと笑う。

 こいつ、モンスターのくせにかっこいいじゃん……!


「死ねぇえええええ!」


 大臣の声が玉座の間に響き、膨大な魔力が一気に放出される。

 おそらくはモンスター植物を貫いて、こちら側に大きな被害が出るだろう。


 だけど、悪いね。

 私の詠唱はもう終わっていたんだよっ!


「幸せの腹袋よっ、全てを包めっ!」


 爆発が起こるそのコンマ1秒前。

 私は魔法陣から巨大な毛の袋を出現させる。

 それはもふもふとむくむくの腹袋。

 言わずと知れた、猫の腹袋、プライモーディアルポーチである。

 その用途は長いこと謎とされてきたが、私は一つの結論に至った。


 腹袋の中には幸せが詰まっている!

 腹袋はすべてを包み込む!


「な、な、なんだ、これはぁああああああ!?」


 腹袋に包まれた大臣は悲鳴を上げながら爆発を引き起こす。

 しかし、あの腹袋はただの毛布ではない。

 魔力爆発の衝撃をすべて吸収してしまうのだ。

 これなら敵側の兵士だって巻き添えを喰らわなくて済むだろうし。


 仕事の終わった腹袋はゆっくりと魔法陣の中に吸い込まれていく。

 その後に残ったのは、真っ黒こげになった植物モンスター、エムペペだった。

 こいつ、気味悪い顔してくるせにナイスガイだったよ。


「エムペペー! あなたはバカですわ!」


 その亡骸を抱きしめながら、クラリス様は号泣する。

 ライカももらい泣きして、その肩をぽんぽんと優しくさすってあげるのだった。


「うわ、最悪! 鎧が粉々じゃないの!」


「聖女様、さすがに今、死体荒らしするのは引きますよ」


「うっさいわね! え、こいつ、生きてるわ。逆にひくんだけど!」


 悲しい場面の裏では聖女とその付き人が大臣の遺体をあれやこれしていた。

 いや、正確に言えば、大臣は死んではいなかった。

 大分ひどいことになっているようだが、命だけは永らえたようだ。


「た、助け」


「私の治療費は高いわよ?」

 

 大臣の命乞いをする様子はとても憐れであり、かつての上司の醜態にため息をつきたくなる。

 まぁ、これだけのことをしたんだし、無事に済むことはないだろうけど。

 聖女は瀕死の大臣に治療魔法をかけて、なんとか回復させるという。


 これからいったいどれだけふんだくられるんだろうか。

 銭ゲバ同士の戦いは聖女の勝利に終わったようだ。

 より悪い奴が勝つということだろう。


「お師匠様、最後のすごかったですねっ! 感動しましたっ!」


「でしょ? 最高の防御魔法なんだよね、毛が飛び散るけど」


 辺りを見回すと、猫毛が辺りを覆っていた。

 まぁ、偉大なる力には代償が伴うというし、必要経費ってなものである。

 私は猫毛に覆われたエムペペに哀悼の意を込めて目を閉じる。


「あれ? ここに葉っぱがありますわ! これはエムペペですのよっ!」


 そんな折、クラリス様が大きな声をあげる。

 見ると、彼女の手にはエムペペのものと思わしき葉っぱが握られていた。

 新芽らしくキレイな緑色であるが、例の君の悪い小さな口が開いている。ひぃ。


「差し木をすれば育ちますわ! 勝利! 完全勝利ですわぁあ!」


 相棒ともいうべきエムペペの生存を知り、ぴょんぴょん跳ねるクラリス様。

 王族たちは彼女の姿をぽかんと眺めるのだった。


【賢者様の使った魔法】

幸せの(プライモーディアル)腹袋(ポーチ):猫様の偉大なるお腹の袋を再現した防御魔法。とにかく幸せである。たふたふするともっと幸せ。

いよいよ、次回で第二部完結です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 差し木と一緒に立て札しとかないと悲鳴上げちゃう人多そう・・・まあ無くてもあげそうだけど‥いっか!
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