86.賢者様、大臣を迎え撃つも魔法がえぐすぎてひかれる結果に
「大臣は私兵団を率い、一直線に王宮に向かっております!」
「騎士団の一部が大臣に寝返った模様です!」
事態は風雲急を告げていた。
私の元上司である大臣が反乱を起こし、王宮へと攻め込んできたのだ。
騎士団を巻き込んで、内戦が勃発しようとしていた。
「あのバカ大臣……」
知らせを聞いた聖女は舌打ちをする。
お友達が反乱なんて起こしたら自分も疑われるものね。かわいそうに。ぷぷぷ。
ふぅむ、どうしたものだろうか。
私の身分は冒険者だ。
冒険者ギルドから防衛命令が出ていない場合、中立を決め込むのが通例である。
じゃないと報酬も出ないし、実績にもならないし。
それに反乱はあくまでも国内問題。
王様や次期王位継承者が鎮圧に動くのが常であるはず。
事実、国王陛下の息子さんたちが議論を進めていた。
彼らは帝国にある魔法学院を出たいっぱしの魔法使いだ。
それでも、自分から動くつもりはないらしい。
「ば、化け物ですっ! 大臣の軍勢に化け物がいます!」
「騎士団の包囲を突破するのも時間の問題です!」
さらに伝令兵が駆け込んでくる。
どうやら向こうには強力な援軍がいるらしい。
化け物ってことは優秀なテイマーでも雇ったのだろうか。
もしくは辞めたカヤックを連れ戻したのだろうか。
「ええい、数で押しつぶせ!」
「魔法兵に仕留めさせよ!」
王子様達は口々に作戦とも言えない場当たり的な命令を下す。
しかし、そのどれもが不発に終わる。
敵の「化け物」とやらは騎士団が束になっても叶わないとのこと。
こりゃかなりの強敵である。
久しぶりに腕が鳴るかも。
「いっそ、大臣の要求は何か尋ねてみてはどうだ?」
「向こうも条件次第では兵を引いてくれるかもしれないぞ?」
劣勢であることにひるんだのか、和解を模索し始める王子たちもいる。
戦う前に気持ちで負けるなんて、かなり臆病な選択だ。
交渉するにしても、せめて一矢報いない限りはテーブルにつくことさえ難しいというのに。
ランナー王国は長らく平和だったから、戦い方を知らないって言うのもありそう。
「兄様たち、そんなことでどうするのです! 王宮が攻められているのですよ! 徹底抗戦すべきですわ!」
ここで一人気を吐くのがクラリス様だった。
彼女は国王陛下の傍に侍っていたのだが、兄たちの弱気な姿勢が我慢ならなかったのだろう。
「ふん、魔法の使えない劣等種がなにをほざくか?」
「貴様は所詮、我々に守られる身。口を開くことさえおこがましい」
一方の兄たちは傲慢な顔でクラリス様をなじる。
確かに彼らにとって、これまでのクラリス様は役立たずで足手まといに見えただろう。
それにしても、劣等種って。
兄妹とはいえ、あからさまな差別には辟易してしまう。
「国王陛下、お逃げくださいっ! 敵の勢いが凄まじく、危険です!」
「一部の貴族が離反し、騎士団が機能していません!」
伝令兵が鬼気迫った顔をして駆け込んでくる。
それもこちらにとって不利な情報だ。
この勢いを見るに、大臣はずいぶん前から反乱を画策していたのだろう。
「あんた、どうすんのよ?」
「今は別に? だって私、クビになった身分だし」
聖女には私はまだ静観することを伝えておく。
しゃしゃり出るのは好きじゃないし、古巣でドヤ顔するのも好きじゃないし。
「お師匠様、反乱をしてる人を殴りましょうよ!」
「まだだめ。ライカ、待てだよ?」
「でもぉ、悪い人は成敗しなきゃですよ!」
「だからって勝手に暴れちゃダメなの」
ライカは反乱軍に今にも殴り込みに行きたげだけど、そうもいかない。
私たちは冒険者に過ぎないのだ。
依頼や命令もなく他人様の城で大暴れしたら、きっと怒られることになるし。
「誰が腰抜けだ、これこそが現実主義というものだろうが」
「いいえ、大臣は王族皆を血祭りにあげるまで止まりませんわ! 邪悪な顔をしてますもの!」
「それはお前の感想だろうが!」
謁見の間の空気が次第に悪くなるのを感じる。
一部の貴族は自分の身のふりを考え始めているようで、退出するものさえいる。
このお国の一大事に王子たちは何もできず言い争いをする始末。
ランナー王国って、内側がガタガタだったらしいなぁ。
それとも私がいなくなって一気に弱体化したのかな。まさかね。
腕組みをして考えているときのこと。
扉がものすごい勢いで開かれ、それを押さえていた兵士たちが吹っ飛んだ。
「ふ、ふ、はははは! 王族どもが私に逆らうとどうなるかわかっているのかぁああ!」
そして、現れるのは黒い鎧を身に付けた巨人だった。
人語を話さなければ、魔族とも見まがいそうな姿をしている。
その声は歪んでいるけれど、聞き覚えがある。
私を首にしてくれた大臣である。
こんなごつい雰囲気じゃなかったけど、きっとあの鎧か何かが強化してくれているのだろう。
「ひ、ひぃいいい!?」
「ジャーク大臣、やめろっ! 貴様の条件は何だ!?」
突然の闖入者に兵士も王子たちも怖気づく。
彼らの膝はカクカク揺れて、いかにも実戦経験に乏しそう。
「条件だと? そんなものは決まっている。この国をもらうこと以外にあるものか! ふははは、貴様ら王族は皆殺しだ!」
大臣はしゃがれた声で不敵に笑う。
いかにも交渉の余地はないって雰囲気である。
言葉を投げつけられた王子たちは青い顔をして逃げ出そうとする。
「ひぃ」じゃないよ、まったく。
「父上、お逃げくださいっ! ここは私が、クラリス・ウィステリア・ランナーが、何とか致しますっ!」
ここで声を張り上げたのはクラリス様だった。
悲鳴にも似た上ずった声だ。
彼女だって恐ろしいのだと思う。
しかし、その瞳には熱がこもっていた。
理不尽な暴力は許さないという覚悟が伝わってくる。
クラリス、あんたは強くなったよ、本当に。
「先生がたもご助力お願いしますわ!」
「もちろんだよ。私も手伝わせてもらうよ。教え子のピンチみたいだし」
「私も妹弟子に助太刀しますよっ!」
彼女の熱い心に胸を打たれたのもあり、私とライカも参戦を伝える。
意外だったのは聖女だ。
「じゃ、私も。怪我人ぐらいなら治してあげるわ。料金はここに張っておくわ」
彼女は大臣側につくのかなと思っていたのだが、こちら側につくという。
真っ正面から彼女とぶつかるのは面倒くさかったので、それはそれでありがたい。
ちなみに彼女の付き人のミナモトも付き従うとのこと。
それにしても、聖女よ、こういう時に料金設定の表を張り出すのは止めろ。
「先生、ライカ、それに聖女様も、無口な方も感謝いたしますわっ! 百万の援軍を得たようなものです!」
クラリス様はぴょんぴょん飛び上がって喜んで見せる。
まぁ、百万人かは分からないけど、それなりの働きを見せてあげなきゃね。
「貴様ら、劣等種が何匹集まろうと我らにかなうかぁあああ!」
大臣は手勢を引き連れて、我々に槍をつきつけさせる。
援軍の見込みはなく、むしろこちら側が劣勢だ。
どうやら城の兵士の大半が戦意を喪失したか、もしくは足止めを喰らっているのだろう。
「おのれ、聖女、貴様も許さんぞぉおお!」
「それはこっちのセリフなんだけど! 一千万ゼニーよこしなさいよっ!」
大臣は聖女をにらみつけるも、聖女も啖呵を切る。
ここでも金の話である。
早い話が汚い金を巡っての仲間割れってやつだろう。
悪い奴らはいつだって仲間割れで自滅するのだ。
「ふははは! 貴様に渡す金などないわ! この魔神の鎧に全財産をつぎ込んだのだから!」
大臣はご自慢の鎧を見せつけるようにして高笑いする。
不気味な鎧だ。
禍々しいオーラはこちらまで伝わってくる。
「アンジェリカ、あいつの鎧、やばいわよ。ほとんど化け物って言っていいと思う」
聖女の額に汗がにじむ。
前回の天使ほど顔はひきつってはいないけど、まぁまぁの強敵ってことらしい。
とはいえ、あの大臣に好き勝手させるわけにはいかない。
さくっとやっちゃおうかな。
「クラリス様、てやっちゃっていいの?」
「もちろんです、私が許可しますわっ! あ、でも、殺しちゃダメですの! きちんと尋問しなくては!」
「殺すな、ね。オッケー。そんじゃ……」
杖を構えて、何の魔法を使うべきか思念する。
私の魔法は基本的にモンスター討伐用のものだ。
広範囲に及び、しかも殺傷能力が高い。
並みの魔法使いなら塵も残さずに始末してしまうだろうけど、殺すなという命令は地味にキツイ。
無用な殺傷を極力避けつつ、敵を無力化するとなると……。
「ねじれにねじれた、驚愕の猫たちよ……!」
私が詠唱を始めると、魔法陣から猫が現れる。
それは通常の猫ではない。
人を震え上がらせる、驚くべき猫たちなのだ。
「お師匠様! 猫ちゃんが、猫ちゃんが、すっごくねじれてますよっ!?」
そう、私の召喚した猫精霊はとんでもなく体がねじれていた。
猫の流体仮説もそうだが、「猫というのは骨が入っとんのかい、それ」という具合にぐにゃぐにゃである。
体がわけのわからない方向にねじれたまま寝ているなんてこともしばしば。
むしろねじれているのが正常とも言える。
だが、もしも、その状態が人間に訪れたら?
「な、なんだ、この幻術は!? この猫は一体、ぐぎゃ、ぎゃひいいいい!?」
大臣にねじれ猫が降れると、そのまま全身がぐるり、ばきりと捻じ曲がる。
腕片足の関節も同様にあらぬ方向に曲がっている。
大臣は操り人形の糸が切れたかのように、そのまま宙に投げ出されて派手な音を立てて自分に激突した。
「だ、大臣様!?」
「な、な、何だ今の!? その猫に触るな、死ぬぞっ!?」
敵側の兵士たちが大声で叫ぶ。
しかし、時すでに遅し。
この【ねじれ猫】の魔法にかかると、体が猫のようにねじれてしまうのである。
「ひ、ひぃいい、いきなり殺すなんてあんまりですよぉ」
「あんた、殺しちゃダメでしょうが!」
ライカと聖女は青い顔をしているが、急所をずらしているはずだ。
首はぐるんってなってないし、たぶん、生きてはいるはず。
一生歩けなくなるぐらいの後遺症は残るかもだけど。
しかし、である。
私は目を見開いてしまう。
大臣は体を不自然な方向に捻じ曲げたまま、立ち上がったのだ。
明らかに人間の動きじゃない。
あるいは回復力がすごいのか。
「あ、あ、怪しげな術をぉオオオ!」
まるでモンスターのような咆哮。
ふぅむ、こりゃあ、一筋縄ではいかないようだぞ。
私は事態の深刻さを少しは理解して、ごくりとつばを飲み込むのだった。
なんであそこまでねじれるのか。
ねじれたまま寝てるのか。




