85.賢者様、王宮に戻って聖女の奇跡に感謝する
「それじゃ、ランナー王国に向かうよ!」
クラリス様が改心し(?)、私たちはやっとランナー王国に向かうことができるのだった。
彼女と再会して10日間。
王族をかなりの期間、連れまわしたことになる。
一応、「ケガの治療」という言い訳で乗り切ろうと思うのだが、大目玉を喰らうのは間違いないだろう。
まぁ、適当にクラリス様が記憶を失っていたとか、意識不明の重体だったとか嘘をつけばいいかな。その場合には。
「あ、あんた、王宮に戻るって本気なの?」
宿屋を出発しようとすると、聖女が声をかけてくる。
彼女はいつになく険しい表情だ。
「そりゃそうでしょ。せっかく戻るって言ってるんだし」
「正気なの?」
「私がまとじゃなかったことなんてある?」
「ぐ……」
聖女は何かを思いつめるような表情だったが、私の気迫の前に黙ってしまう。
この女を論破してしまうなんて、最高の気分である。
「しょうがないわね。私も王宮までついていってあげるわ」
「え、まじで……? 別に大丈夫だけど?」
しかも、である。
彼女は私たちと一緒に王宮についてくるというではないか。
正直、街の入り口辺りで衛兵に引き渡せばいいかなーと思っていた私にはキツイ提案だ。
だって、私はランナー王国の宮廷魔術師をクビになった女なんだよ?
ずかずかと王宮に乗りこんだら絶対に嫌味を言われるに決まっている。
「ふふん。乗りかかった舟よ。それに、私はあの大臣にはずいぶんとお世話になったし」
そんな私の気持ちを知るはずもなく、聖女はずいぶんかっこよさげに鼻をならす。
あの大臣と知り合いだったなんて初めて知ったよ。
お金に汚そうな連中は大体友達ってことなんだろうね。
ルルルカも金に汚そうなやつと大体同じ裏の道歩いてきたんだろうな。
「それじゃ、参りますわよっ!」
クラリス様はずいぶんと元気よさげに出発を宣言する。
彼女の肩の上には例の不気味なモンスター植物が乗っているのだが、もうツッコミを入れることさえできない。
あの植物のおかげで天使を撃退できたのだし、感謝してもいいのだろうけど。
「お師匠様、あの女を追い返せてよかったですね!」
ライカは笑って見せるも、その瞳は少しだけ悲しそうだ。
妹弟子との別れを予感していて、寂しさが募っているのだろう。
「まぁね。でも、会える時には会えるから。私と聖女みたいに」
「そうですね! でもでも、私はお師匠様とずっと一緒ですよっ!」
「わふ!?」
ライカの凶暴な胸部が私を襲う。
もう何度目か分からないが、いい加減、抱き着くのはやめろ。
身長差があるおかげでハグすらまともにできてない。
ただただ私がやつの胸に顔を埋めるだけである。劣等感をびしばし刺激されるわけで、どんな拷問だ。
と、まぁ、そんなこんなで私たちは王宮へと向かうのだった。
お願いだから、大臣や他の宮廷魔術師に会いませんように!
どっかに出張しててくれますように!
◇
「ただいまですわー!」
クラリス様は元気のよい掛け声とともに、王宮へと戻る。
あまりにも自然な帰宅であり、こんなにスムーズなら早く連れてくればよかったと私は後悔するのだった。
ちなみに私はもともとのアンジェリカの姿に戻っている。
さすがに身分を偽装したまま古巣に顔を出すのはちょっと恥ずかしい。
聖女の反応を見ると、外見的には「イメチェン」した程度にしか思われないみたいだし。
さぁて、クソ大臣はいるのかしら?
会いたくないなぁ。
「大臣ですか? 今日は隣国に出張すると言っていましたね」
「え? 他の宮廷魔術師ですか? いやー、辞めたみたいですよ、あはは」
顔見知りの事務官をとっ捕まえて話を聞いてみると、大臣は出張。
しかも、その取り巻き達はいなくなっているとのこと。
なんたる幸運であろうか。
クラリス様と会ってから不運続きだったけれど、ようやく私にも運が向いてきたってことらしい。
再び顔を合わせたらどんな嫌味を言われるか分かったものじゃないからね。
それにしても、レイモンドやカヤックといった連中が宮廷魔術師を辞めているのにはびっくりである。
連中は大臣の腰ぎんちゃくであり、一緒にいるのが常だったのに。
大臣はパワハラ上司だったから、嫌味をネチネチと言われて嫌気がさしたんだろうね。
「先生、聖女様、大臣もいないみたいですし、お父様のところにご案内いたしますわ!」
クラリス様は我々を国王陛下のもとに連れて行くと息巻く。
彼女が言うには、先日、帰国した際には病状が悪すぎて面会謝絶状態だったとのこと。
今回は聖女もいるため、面会を止められることはないだろう。
とはいえ、私はもうすでに宮廷魔術師を辞めた身だし、回復魔法が得意なわけでもない。
謁見したところで力を発揮できることもないだろう。
「いや、ここらへんで待ってるよ」
私はライカと一緒に王宮の片隅で待機することにした。
このまま消えても良かったのだが、クラリス様に別れの挨拶ぐらいはしておきたい。
「へぇえ、王宮ってキレイなんですねぇ!」
ライカは煌びやかな天井を眺めて嬉しそうだ。
事実、大臣のいない王宮はとてもすがすがしい空気に満ちていた。
あの頃はなんていうか宮廷の雰囲気が悪く、殺伐としていた。
思えば、私をスカウトしてくれた先王様も大臣と一緒にいると息がつまると言っていた。
大臣なんか二度と戻ってこなきゃいいのに。
「なんとかなったわよ。大分、危ない所だったけどね」
数十分後、聖女とミナモトが私たちのところに戻ってくる。
さすがは聖女。性格は悪いが、腕は確かだ。
彼女の首元には豪華な首飾りが光っていた。
大方、治療費と言って巻き上げたのだろう。
「なによ? ちゃんと褒めたたえなさいよ?」
「あー、すごいすごい」
「世界で一番美人の聖女様、本当にありがとうございましただぁああ、でしょ?」
「世界で一番の業突く張りではなく?」
「いっぺん死んでおく? 蘇生魔法、得意なのよ、私」
私は業突く張りな彼女を全力で褒めてあげる。
これ以上は無理ってぐらいに全力で。
もっともルルルカは気に食わないみたいだけど。
「良かったですね、お師匠様! クラリスのお父さんがよくなって!」
ライカは自分のことのように喜ぶけれど、いい加減、「様」をつけた方がいいと思う。
さすがに宮中で呼び捨ては無礼すぎるというか。
いつ捕縛されてもおかしくないというか。
もし、そんなことになったら『ランナー王国VS剣聖の里』という軍事衝突が起きてしまう。
「いやぁ、よかったでございますねぇ、クラリス姫殿下様ぁ!」
私は必死に大きな声を張り上げるのだった。
目上の人におもねる姿は大臣っぽいかもしれない。
「先生、お父さまが、ぜひ、お会いしたいとのことです!」
その後、私たちは国王陛下に呼び出される。
クラリス様が世話になったとありがたいお言葉を頂戴し、さらにはいくらかのご褒美ももらえた。
よし、このお金で別の街にでも行くことにしよう。
「賢者アンジェリカよ、大臣が本当に無礼なことをした。彼に代わって私が詫びよう」
しかも、である。
国王陛下は大臣の行った私の解雇騒動について詫びを入れてくれるではないか。
全力でそんな必要はございませんっと恐縮する私。
でも、陛下にそう言ってもらえると、少しだけ胸がすく思いがするのだった。
全てが丸く収まりつつあった、そんな時のこと。
衛兵が謁見の間に駆け込んできて、大声をあげる。
「こ、こ、国王陛下! 反乱です! ジャーク大臣が反乱を起こしましたっ!」
大臣に会わなくてよかったぁと思っていたら、この事態である。
そう、ランナー王国の王都にて内戦が始まろうとしていた。
◇ 行け、大臣ちゃん! 国王をやっつけれ!
「おのれ、おのれ、おのれぇぇええええ!」
この数時間前のこと。
大臣は王都に戻り、全ての手ごまを失ったことに愕然としていた。
魔神機甲ドラゴンタンク、海竜リヴァイア、そして、破壊の天使、そのすべてが失われてしまったのだ。
このままではワイへ王国に攻め入ることさえ叶わない。
それどころか、大臣という地位さえ危うくなりつつある。
「大臣様、大変ですっ!」
執務室で地団太を踏む彼のもとに部下が駆け込んでくる。
それは耳を疑うような報告だった。
「クラリス王女が戻ってまいりました!」
「あの聖女も一緒です!」
殺したと思っていた王女が生きていた。
しかも、これまた死んだと思った聖女と一緒だという。
ここにおいて大臣は自分のこれまでの悪行がすべてバレてしまったことを理解する。
このままいけば自分は彼女たちに断罪され、よくて追放、悪くて縛り首だ。
いや、先王を殺した罪から考えるに、即、処せられる可能性は大いにある。
「おのれぇぇええええ! かくなる上はぁああああ!」
冷静沈着で知られる大臣の瞳に狂気が宿り始める。
これはランナー王国の行く末を大きく左右する騒乱の始まりなのだった。




