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80.賢者様、教会の秘密にいたる




「じゃあ、ここには大昔の化け物が封印されてるから近寄らないでってこと!? イルミナさんは実は死んでて、魂の一部がそれを守ってるってこと!?」


「……簡単に言えば、そうなります」


 イルミナさんから聞かされた話はとんでもないものだった。

 ここはもともと戦時の研究所で魔獣大戦の際の魔物が封印されているとのこと。

 それも並大抵の化け物ではない。

 

 人間族に敵対した、強大な力を持つ存在だとのこと。

 ほとんど伝承に残ってはいないけど、魔獣大戦の戦闘は凄まじかったと言われている。

 今の魔法技術で対抗できるものだろうか。


「ふぅん。じゃ、さっきのアンデッドも関係があるの?」


「あ、あれはわからないんです……。気づいたら、溢れてきて」


「そっか、あれは別件なのかな」


 アンデッドの類いは基本的にはお墓があるところに発生するものだ。

 ここはもともと教会だし、埋められていた人が死霊化したのかもしれない。

 

「本当でしょうね? 嘘をつくとさっさと白状しないと、アンジェリカが燃やすからね? そう言いなさい、アンジェリカ」


「えー、めんどい」


「聖なる光であんたを燃やすわよ?」


 ルルルカは納得いかないようで、あらぬ方向を向いてプレッシャーをかけてくる。

 言っておくが私は放火魔じゃないし、そっちにはイルミナさんはいないぞ。

 しょうがないので、私は聖女にイルミナさんの言葉を伝える係になることにしよう。


「ほ、本当のことですっ! ちなみに私の父は研究所の責任者で、戦争の際に一緒に封印されたはずですっ! 私は研究所をぶち壊そうと乗りこんだところで爆発に巻き込まれたんです」


「そりゃ、なかなかの死にざまだねぇ」


 イルミナさんが言うには、彼女のお父さんは戦争の際に凶暴な魔獣を放とうとしたらしい。

 しかし、すんでのところでイルミナさんたちの軍勢に取り押さえられ、その化け物と一緒に封印されたとのこと。

 他人事ながら、かなり憐れである。

 素直に死んでいればいいが、魂が囚われていれば千年もの間、苦痛に晒されていたことになる。

 イルミナさんは封印が解かれないかという執着があって、この世界に魂が残っていたのだろうか。 


「そういうわけですのでお引き取りをお願いしたいんです」


 イルミナさんは消え入りそうな声で私たちに懇願してくる。 

 彼女はその化け物を封印できるのなら、自分やお父さんが囚われたままでも構わないと思っているようだ。

 まるで災厄の化け物でも眠っているかのような物言いである。 


「嫌よ! 断固拒否するわ! アンデッドがわらわら湧いてきてるのよ? この廃教会から溢れたらどうするつもりなのよ?」


「そ、それは……」


 聖女の言葉はなかなか痛いところをついてくる。

 あのアンデッドはなかなか強い類いの魔物だと思う。

 もしも、大挙して現れたら近隣の街に被害が及ぶだろう。

 だから私も賛成せざるを得ないのだった。


「イルミナさん、アンデッドもそうだけど、それ以前に古代の兵器なんて危険なものを放置することはできないよ。これは別に大昔の魔導技術に興味があるとかじゃなくて!」


「その通り。古代の研究所を発掘して高く売ろうなんて考えているわけじゃないわ!」


 私と聖女は普段から気が合わない。

 こちらが火ならば、あちらは水であり、私が天空に輝く太陽であれば、やつは地の底を流れる地下水である。

 しかし、私たちは西の魔王を倒した勇者パーティの一員だ。

 世界の脅威を目の前にしたとき、私たちの意識は同じ方向に向かうのだった。

 どんな化け物が相手だろうと、立ち向かってやるという気持ちは共通なのである!


「さすがはお師匠様に、聖女様! 勇者パーティは伊達じゃないですっ!」


 ライカは私たちの覚悟を手放しで礼賛する。

 我が弟子ながら素直な所はすごく評価できる。


「先生はただ強い化け物と戦いたいだけですのよね?」


「聖女様は売れそうな素材が欲しいだけでは?」


 だが、クラリス様とミナモトは私たちにジト目を向けてくる。

 特にミナモトの視線はかなり強烈。心臓に悪い。


「な、なんのこと? 新しく作った魔法の試し撃ちをしたいなんて考えてないよ?」


「お金ですって? ミナモト、これは百パーセント善意から来た行動なのよ? うちの教会の工事の資金にしようなんて思ってないわよ?」


 慌てて弁解する私たちである。

 一切、邪な気持ちなどないってことを分かってもらわねば。


「それに、イルミナさんのお父さんだって魔獣と一緒に封印されたんなら、苦しんでいるんじゃないの?」


「そうよ! 私たちが楽にしてあげるわ!」


 聖女の言い方はともかく、千年も彷徨える魂を放置しておくわけにはいかない。

 さっきのアンデッドの状態から考えるに、相当強い思いを残してそうだし。

 そういうのはサクッと除霊してしまうのがいいのである。


「い、いやぁ、そのぉ、別に父なんかどうでもいいっていうか! もともと敵同士だし、会いたくないですし……」


「あー、お父さんに会いたくないかぁ、気持ちは分かるけど」


 苦笑を浮かべるイルミナさんに私は少し共感してしまう。

 年頃の娘にとって、父親というのはどうにも馬の合わない生き物なのだ。

 できることなら会いたくない、それが父親である。


 しかし、問題はアンデッドがとめどなく溢れていること。

 どうも地下空間の奥の方からずりずりと這い出してきているらしいのだが、聖女たちが騒いだことで起きてしまったのだろうか。

 アンデッドは聖魔法しか効果がないこともあり、一般の冒険者では相手が難しい。

 廃教会の外に出られたらやはり厄介だとも思う。

 こういうのは群れると脅威になるからね。


「あの人なんてどうでもいいんです……。すごく偏狭だし、話を聞いてくれないし」


 イルミナさんは憎まれ口をたたきながらも、その表情は沈鬱なものだった。

 本当は自分のお父さんを助けてあげたいのかもしれない。

 だけど、一緒に封印されている化け物も解放してしまうために、そう言い出せないのだろう。


「イルミナさん、このまま放置したら、お父さんはずっと苦しみ続けることになるよ? それでもいいの?」


「そ、それは……」


「私たちはこう見えても魔王を倒したことがあるんだ。だから、腕はしっかりしているし、正直、負けるつもりもないんだ。だから、イルミナさん、お父さんを解放して欲しいの? 欲しくないの?」


「で、でもあれは魔王とかよりも危険なもので」


「大丈夫、私たちを信じて」


「……解放してほしいです。バカな父親でしたけど」


 イルミナさんは涙を滲ませながら、私たちにそう伝える。

 昔の逸話が本当ならば、親子で争ったっていうのは本当だろうし、顔を合わせたくもないのだろう。

 だけど、彼女は心の底から父親を嫌っているわけではないようだ。

 それなら、その願いに応えてあげたいと思うわけで。


「ルルルカ、行くよっ! ライカはクラリス様を守ってあげて」


「私に指図するんじゃないわよっ! なんであんたがリーダー風吹かせてるわけ?」


 私たちは空間の奥まで走る。

 途中で出くわすアンデッドは、聖女が秒で昇天させるのも忘れない。

 

「こ、これは!?」


 そして、教会の奥で見つけたソレの前で、私たちは驚愕するのだった。

 あまりにも摩訶不思議なものがそこには広がっていたのだ。




◇ 大臣様、大逆転の予感!



「聖女が廃教会に入ったそうです! しかし、よかったのですか? 大臣、あの廃教会には強力な遺物があったはずでは」


 ここはランナー王国の校外にある魔導技術研究所。

 その長を務める大臣のもとに研究員が怪訝な表情で尋ねる。


「ふはは、むしろ、あの聖女を誘導してやったのだよ。あれは聖魔法でしか解放できない。あの聖女のことだ、何の考えもなく解放してしまうだろう」


 大臣はそれを笑って一蹴する。

 彼はあの廃教会にあるものを正しく理解していた。

 過去の魔獣大戦の際の遺物である化け物じみた何かが封印されているのだ。

 しかし、調査の結果、その封印はかなり強力な闇魔法でなされており、聖女でもなければ解除できないとわかっていた。


「な、なるほど! 聖女を使ってアレを解放しようということなのですね!」


 部下のもう一人が声をあげる。

 先日、聖女にいいように振り回された大臣であるが、転んでもただは起きぬ人物なのである。

 むしろ、弱い自分を演出することで、聖女を廃教会に導いたとも言える。


「し、しかし、ソレが復活すれば、周辺地域には相当な被害が及ぶのではないですか? なんせ当時の敵対勢力を駆逐するために召喚されたと伝承されておりますし……」


 最初の部下はそれでも不安そうな声を出す。

 そう、彼らはある程度までその獣を解き明かしていたのだ。

 それはこの世界に存在する多くのモンスターとは異なり、地図を塗り替えかねない存在であることを。

 それは先日、アンジェリカの魔法によって不運にもエネルギー源となってしまった、魔神機甲ドラゴンタンクと同じように、危険極まりない代物だったのだ。

 もしも、野放しにすればランナー王国・ワイへ王国だけではなく、大陸の東側に大きな破壊をもたらす可能性がある。


「ふふふ、心配は無用だ。アーカイラム教授、お願いします!」


「ふふ、たとえアレが相手でも、私の魔導装置があれば問題ありません。例の場所には複数個、配置してありますから。目を覚ませば、その場にいるものを皆殺しにすることになっています」


 それでも大臣は不敵な笑みを崩さなかった。

 その理由は明白で、彼はアーカイラムに依頼して、最新鋭の魔導装置を完成させていたのだ。

 その技術は先日、アンジェリカによって不運にも釣りあげられてしまったリヴァイアにつなげていたものと同じで、操作系統だけなら超一流の技術である。

 彼らはその装置をもって、化け物を問題なく操縦できると踏んでいたのだ。


「ふはは、あの聖女が苦しみながら死ぬのを楽しみにしておこうではないか!」


 アーカイラムの言葉を受けて、大臣は満面の笑みを浮かべる。

 邪魔な王女を消し、国王の命も手中にある。

 最近は不運が続いたが、自分を邪魔するものは存在しないのだと確信するのだった。


 彼らは知らない。

 聖女のいる廃教会に自分の追放したアンジェリカがいることなど。


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