79.賢者様、聖女と再会するも、聖女のせいでてんやわんや
「なんで、あんたがこんなところにいるのよ?」
「それはこっちのセリフなんだけど。ていうか、何で私だってわかるの?」
「はぁ? 髪の色が変わった程度で見間違えるわけないでしょ? あんな荒唐無稽な魔法を使うの、あんただけじゃないの」
「あっちゃー」
ライカが鉄格子をへし折ると、その中から聖女とその付き人が現れた。
私の勇者パーティ時代の同僚にして、何かとうるさい女、聖女ルルルカ。
彼女は私の変化について気にも留めていないようだ。悔しい。
「お師匠様! こちらが、あの聖女ルルルカ様なんですか!?」
聖女の本性を知らないライカは目を輝かせて尻尾をぶんぶん振る。
世間一般の人にとって聖女っていうのは憧れの象徴だというから無理もないけど。
「まー、聖女……なのかな?」
「なんで疑問形なのよ! 正真正銘の聖女でしょうが!」
「だ、そうです」
「ひえぇええ、すごいですっ! 私はすごくラッキーですね! あぁ、聖女様って本当に美しくてかわいくて! 神々しいですっ!」
ライカに聖女を紹介すると、崇め奉るような真似をする。
やめろ。この女はそういう聖女じゃない。
確かに桃色の髪は美しく、見目麗しい姿をしている。
しかし、その本性はねじ曲がっているのだ。
「ふふん、あんたはアンジェリカと違って少しは人を見る目があるようね。私は中央聖教会のルルルカよ、こっちは私の付き人のミナモト」
「よろしくお願い致します」
ぺこりと礼をした聖女の付き人はとても小さな女の子だった。
それでも目つきは鋭くて、とても聖職者とは思えない。
暗殺者だと言われた方がまだしっくりくる。
「こっちは私の弟子のライカとクラリス。あと一人はイルミナさん、って、あれ? イルミナさん、いなくなってるじゃん……」
二人の紹介をして気づいたのだが、イルミナさんの姿が見えなくなっていた。
もとはと言えば、檻に捕まった彼女たちを助けられたのはイルミナさんのおかげなのだ。
聖女たちにお礼を言ってほしかったのだが。
「そういや、ルルルカはなんでこんなところで遊んでるの? ひょっとして檻に入るために来たのかな? ぷぷぷぷぷ」
イルミナさんにお礼を言わせたいのもあるが、まずは聖女をバカにする方が先だ。
あんなに頭の悪そうな檻に入れられるなんて聖女様も落ちたものだ。
性格が悪そうに思われるかもだけど、あまりにも間抜けだったから仕方ない。
「はぁ? 魂の救済をするために決まってるんでしょうが! 無職のあんたには理解できないでしょうけど!」
「無職じゃねぇや! 冒険者やってんの!」
「無職みたいなもんでしょうが!」
すると思わぬ反撃が返ってきやがった。
こいつ、相変わらず性格が悪い。悪すぎる。
「どーせ、魂の救済とか言って、金目のものに目がくらんで罠にでも引っかかったんじゃないの?」
「そうです、よくわかりましたむがが」
「ミナモト、余計なこと言わないの! 神罰を下すわよ! そんなわけないでしょ!? あんた、誰にそんな口きいてるかわかってんの? 私は清廉潔白な聖女なのよ!?」
聖女は何かを言いかけた付き人の口をふさぐと、わぁわぁとまくし立てる。
普通の人ならこれで気圧されるが、私はやつとの付き合いが長い。
明らかに嘘をついているサインと見破っていたし、なんなら陥落間近といった雰囲気だ。
「お師匠様、聖女様は聖なる女なんですよ! そんなバカみたいな理由で罠に引っかかって出られなくなるなんてありえません! きっと深い意味があるんです!」
「そうですわ! うっかりあんな檻に閉じ込められるとか愚の骨頂ですのよ!?」
しかし、である。
私の愛弟子のライカとクラリスが聖女をかばい始める。
うぅむ、確かにその通りだ。
聖女は金に汚い守銭奴で、理解しがたい選択をする女だが、バカではない。
この廃教会に来たのも深い意味があるのかもしれない。
何の目的なのかは聞いておかねばならないだろう。
「聖女様、どうかお願いがありますの!」
そんな時にクラリス様がスタンドプレーを始めるではないか。
「私の父が病気で伏せておりまして、どうにか助けて欲しいんですの!」
彼女の願いは切実なものだった。
そう言えば、彼女の父親、つまりランナー王国の王様は病気なんだって聞いた気がする。
聖女は回復魔法のエキスパート、彼女に頼めばなんとかなりそうだけど。
「えーと、アンジェリカ、この頭に花っぽいのが乗ってるの、誰? 頭がお花畑だなんて、あんたの仲間にぴったりね」
「あー、ランナー王国の王様の娘さん」
「王女様じゃないの! 何やらせてんのよ、こんなところで!?」
クラリスの正体を教えると、聖女は私に突っかかってくる。
いやぁ、私だって困っているのだ。
こちらが望んでついてきてもらったわけじゃないし。
「病気……ですか。わかりました。私と一緒に王宮に行っていただけるなら考えましょう」
「ありがとうございますっ!」
懇願するクラリス様を前に、聖女は口元をおさえるしぐさをする。
明らかに何かを企んでいる様子だ。
まぁ、聖女のことだから金銭をどれだけふんだくろうかってことだろうけど。
「それじゃ、そろそろ行きますの! 私、こんなジメジメしたところ、限界ですのよ!」
「うーん、ちょっと待っててね。なんかおかしいんだよね」
クラリス様はここから出たいというのだが、私には引っかかることがあった。
そもそも、イルミナさんはどこに消えたのだろうか。
彼女には魔力と魔法について聞きたいことがあったんだけど。
「アンジェリカさん! ここは危険です、逃げてください!」
「えぇ!? イルミナさん、どっから出てきたの!?」
しばし、考えていると唐突にイルミナさんの声がしてくる。
振り返ると、彼女は私たちの間近にいて、地下空間の奥の方を指さす。
そこは瘴気に満ちていて、明らかに邪悪なものが潜んでいる雰囲気である。
イルミナさんがいなくなったのはそこの様子を見に行ったからなのだろうか。
「あっちに何かいるってことだよね? 大丈夫、任せといて」
「お師匠様、お供します!」
私とライカはその危険な場所とやらに向かうことにした。
こう見えても元S級冒険者である、恐れるものなどあまりないのだ。
「ちょっと、あんたたち何やってんのよ!? 誰と話してるわけ?」
聖女のうるさい声が聞こえてくるが、ここは無視である。
あの女、イルミナさんの言葉を聞いていなかったのだろうか。
そうこうするうちに邪悪な化け物が出現する。
どうやらアンデッドの類のようで、ゾンビや死霊と呼ばれる類いだろうか。
腐乱はしていないけど、目つきが明らかにまともじゃない。
「ひぃいいい、体中がべとべとしてて気持ち悪いですねぇ」
ライカは化け物の姿に悲鳴を上げる。
確かにこういうのと戦うのはちょっと気が引けるよね。
色んなものが飛び散るし。
「ルルルカ、こいつ、お願い」
服を汚されたくない私は聖女に処理をお願いすることにした。
アンデッドへの攻撃はほぼ無敵といっていい女だ。
適当にやっつけてくれるだろう。
「ったく、しょうがないわね。私がいなきゃ何もできないんだから。光よっ、彷徨える魂を導けっ!」
彼女は自分が使われているとも知らず、恩着せがましいことを言いながら聖魔法を放つ。
まばゆい光がアンデッドを包むと、そのまま消滅させてしまうのだった。
「さすが、聖女様! すごいですねっ!」
「ふふん、まぁ、私にかかればこんなものよ? よし、この先にも何かあるようね。私が全部浄化してあげるわ」
ライカのよいしょに気をよくしたのか、聖女はどんどん先に進んでいく。
再び罠に引っかかればいいのにと思うが、この廃教会の様子は何かがおかしい。
私もさらに奥に進むことにした。
「ダメですよっ! 危険ですっ! 行かないでくださぁあいっ!」
しかし、イルミナさんが私に追いすがってくるではないか。
彼女は必死の形相で、この先はもっと危険だから帰るようにと伝えてくる。
その顔は明らかに何かを隠している表情。
「アンジェリカ、さっきから、一体、誰と話してるわけ?」
「はぁ? あ、そっか、えーとイルミナさんって言って、冒険者の人で」
「だから、その人がどこにいるのよ?」
「目の前にいるじゃん? ほら、ちょっと顔が引きつってるけど、分かるでしょ?」
「だから、ここには誰もいないっていってるでしょうがっ!」
ルルルカはなぜだか逆上して、私の目の前にいるイルミナさんを聖杖で殴りつけた。
いくらなんでも乱暴狼藉が過ぎる。
あの暴力勇者でもそんなことはしないぞ。
しかし、である。
聖女の杖はイルミナさんの体をすり抜けたのだ。
まるでそこに何もないかのように。
「でぇえええ!? うっそぉお!? これ、どういうこと!?」
「確かに、ここにいますよね!?」
「何がどうなってるんですの!?」
私たち三人は同時に声をあげる。
一方のルルルカとミナモトは首を傾げたまま。つまり、見えていないのだ。
「えーと、ごめんなさいっ! 実は私、獣人の魔力にしか反応しない魔道具を使っていまして……」
わけのわからない事態に目を白黒させる私たち。
イルミナさんがゴーストならまだ理解できるのだが、それなら聖女に見えないはずがないわけで。
そして、もう一つ気になることがある。
彼女は獣人の魔力とはっきり言ったのだ。
つまり、彼女は獣人に魔力が備わっていることを知っている人物なのである。
「ちょっとぉ、わけわかんないんだけどぉおお?」
聖女は置いていかれている気がしているのか、頬を膨らませて不貞腐れている。
子どもみたいなやつに構っている時間はない。
ちょっと放っておこう。どうせ何をやっても怒るだけだし。
私には核心的な質問があるのだ。
「あのさ、イルミナさんって、この時代の人じゃないよね?」
「あはは、それも分かっちゃいましたか! そうなんです、千年ぐらい前の人間なんです」
イルミナさんは苦笑を浮かべる。
一風変わった服を着ているとは思っていたのだが、思い返せば、歴史書に乗っていた千年前の人々の服にそっくりなのだ。
「名前は?」
「本名はイルミナ・モンデールって言います」
「モンデールって、それじゃこの教会の名前と同じじゃん!」
「あの親子で争った人たちですか?」
「あー、そう言うことになってるんですね、たはは……。えーと、そういうわけでお帰りください」
ライカの指摘にイルミナさんはまたも苦笑を浮かべる。
ふーむ、この人、いい人っぽいけど、明らかにおかしいぞ。
謎が謎を呼びすぎる。
「ちょっとぉおおっ! 私を無視するなんてありえないからっ! そのイルミナとか言うやつ、なぜあんたがここにいるのか詳しく説明しなさいっ! じゃないと、こんなところ焼き払うわよっ!」
ここで突然切れたのは聖女だった。
ないがしろにされたのがよっぽど腹が立ったらしい。
それにしても焼き払うだなんてあんたは魔王か何かなのか。
イルミナさんのいる所とは全く違う方向を向いて喚き散らす様子はまるで喜劇のようだけど。
「ひぃいいい、分かりました。詳しくお話いたしますぅうう」
イルミナさんは青い顔をして、とつとつと話し始めたのだった。
恐るべしは聖女のヒステリーである。
聖女様は優秀なんです。
勇者パーティーの一員だったはずなんです。
アンジェリカとの相性が悪すぎるだけで。




