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78.聖女様、慈悲を繰り返していたら思わず窮地に陥る




「しくじったわね……」

 

 私は聖女ルルルカ、西の魔王を封印した勇者パーティにいた女だ。

 これまでも多数のダンジョンを渡り歩き、悪質な罠を毎度のごとく退けてきた。

 落とし穴、宝箱に擬態する化け物、そして、死の呪文罠。

 死に直結する罠を聖なる魔法で常に防御してきた。


 そんな私が今、窮地に追いやられていた。  

 深遠なる智謀で知られるこの私がまんまと罠に引っかかってしまったのだ。


「あのクソ大臣、次に会う時には覚えていなさいよ……」

 

 あの大臣のことだから罠の一つや二つを用意しているとは思っていた。

 だが、あの悪辣な男はもっとも下劣で、もっとも非人間的な罠を仕掛けていたのだ。

 あの男のおかげで体が重い。


「聖女様が金貨につられて奥まで進んでしまうのが悪いのでは?」


 私と同じく檻に閉じ込められたミナモトが冷たい調子でそう言う。

 私を檻に誘引したのは金貨だったのだ。

 ぽつんと金貨が床に落ちていたら、あなたはどうするだろうか?

 迷うことなく拾うはずだ。

 それが人間というものであり、人間の証明というもののはず。

 

 しかも、今回は1メートル感覚で金貨がどんどん落ちているのだ。

 私は思わず、それを拾ってしまう。

 金貨が寂しい寂しいと私に訴えてくるからだ。

 これは慈悲というもので、最も神の美徳に近いものだと私は思う。


「だってしょうがないでしょ? お金は命よりも重いのよ?」


 だから私は檻に捕らえられたことを後悔はしていなかった。

 神の教えよりも上位のものなど存在しないのだ。

 その証拠に私の懐は金貨でずしりと重くなっていた。すごく気分がいい。


「しかし、百枚近く拾えばいい加減罠だと気づくのでは?」


「私は差別はしないの。例え、それが罠だとしても金貨を見捨てることはできないわ。お金はお金よ」


 金貨を拾うことはとても素晴らしい体験だったが、問題も起きてしまう。

 気づいた時には檻ががしゃんと降りてきて、私とミナモトは二人とも捕まってしまったのだ。

 私たちを閉じ込めた檻は空中に浮かび、高さ数メートルのところで静止した。

 少しでも動くとバランスが崩れるわけで、最悪な気分である。


 檻には認識阻害の魔法が仕掛けられていたけど、それ自体は私の聖魔法で難なく解除できた。

 しかし、問題は檻をどうやって抜け出すかということ。

 私とミナモトでは太い鉄格子を破壊することはできない。


「しかし、困りましたね、このままでは聖女様と一緒に野垂死ぬことになります」


「何よ、私と一緒じゃ嫌だって言うの? あ、そう。それじゃ、他の聖女の弟子になればいいじゃない。私なんか、どうせ間抜けな聖女だって思ってるんでしょ? はいはい、私だけが悪いんですもんね!」


「僻みっぽいことを言わないでください、聖女様」


 ミナモトは極端に感情の動かない女である。

 私のこの言葉を聞いても平然としている。

 アンジェリカなら少しは私に譲歩してくれただろうに。


 ふぅ、私としたことがあのバカ猫女のことを思い出すなんてどうかしているようだ。

 もしかすると、私は少しだけ混乱しているのかもしれなかった。

 名もなき廃教会で遭難しかけていることを認めたくなかったのだろう。

 

 そんな時だ。

 誰かの声がするではないか。

 下には複数人の冒険者の姿が見える。


「誰かいるの!? 私たちを助けなさい!」


 叫んでみると向こうは明らかに気づいたらしく、獣人の女の子が「おーい」と手を振ってくる。


「バカなの? あの子。助けてって言ってる相手に手を振るんじゃないわよ。助けなさい!」


 どうやら若い冒険者が助けに来てくれたようだ。

 猫獣人、ウサギ獣人、犬獣人の姿が見える。

 獣人は力が強いから、もしかしたら檻を破壊できるかもしれない。

 それが無理でも誰かを呼んでくれれば大丈夫だ。

 私は聖女、重要人物。

 むしろ、『助けさせてください』って言ってくるはず。


「ライカ、あの檻の上に登れる?」


「お安い御用です!」


 しばらくすると、冒険者たちは私たちを助ける方法を実行に移す。

 なんと下にいた獣人の女が私たちの檻の上に降り立つではないか。

 何、この女!?

 どういう体してるわけ?

 この檻の高さ、10メートルはあったと思うんだけど。


「お師匠、いや、先輩、この檻は鎖で吊るされてますよ!」


「ちょっと、鎖を切ったら危ないでしょ!?」


「先輩、鎖は簡単に斬れますよーっ!」


「話を聞け!」


 獣人の娘は私の話を聞かず、下にいる先輩とやらに指示を仰いでいる。

 どうやらこの冒険者達は相当、頭が悪いらしい。

 だって、このまま鎖を切ったら私たちは檻に入ったまま地面に叩きつけられるのだ。

 よくて骨折、悪くて死ぬ可能性さえある。

 私は犬獣人に注意するも、聞く耳を持たない。


「檻の中の人、しっかり捕まっててね! ライカ、鎖を切っていいよ!」


「はーい! でりゃっ!」


 次の瞬間にはずしゅんっと鎖が切れる音。

 私は必死に檻の鉄格子に捕まる。


「バカ、バカ、何やってんのよぉおおっ!?」


 私たちの檻が落下すると思ったが、不思議なことが起きた。

 目の前に大量の毛が現れたのだ。

 どうやら重い檻を毛で受け止めようとしているらしいが、まるで悪夢のような状況だ。


「聖女様、これやばいですよ!?」


 冷静沈着なミナモトが声をあげるのも無理はない。

 長い毛はもわもわと私たちの檻にまで入ってきて、ふわふわのものに押しつぶされそうになっていた。

 まさしく悪夢である。


「ひぎゃあああ、何よこれ!? 毛!? 毛よね、これ!? バカなの、こんなの!?」


 私も思わず叫んでしまう。

 ありがとうとお礼を言いたいのもあるけど、さすがにこれはない。


「おーい、大丈夫ですかー?」


 毛をかき分けて、誰かがこちらにやってくる。

 その呑気な物言いが余計に腹が立つ。

 この聖女様にふざけたことをしてくれたのだ。

 ちょっとお小言を言ってやっても文句ないわよね。


「は?」


「は?」

 

 私は驚きで硬直してしまう。

 そこに現れたのは私のよく見知った人物だったからだ。

 

 ……いや、ちょっとだけイメチェンした? バカなの? 


性格の悪い女の子って、すごく魅力的ですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タカビーだけどポンコツな女の子は大変魅力的です。聖女様かわいいです。
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