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75.賢者様、怪しい依頼をみつけるよ



「お師匠様、街が見えてきましたよっ!」


 海辺の町、ルルロロを出た私たちは別の街へと向かっていた。

 クラリス様を助けてから一週間以上経った。

 そろそろランナー王国にクラリス様を戻さないと大変なことになるはず。


 今向かっているのはワイへ王国との国境の街だ。

 丘陵地帯というやつで、風光明媚な土地らしく、旅人も多い。

 ここにしばらく滞在して、あわよくばランナー王国に連れて行くのが私のミッションなのである。


「せっかく植物魔法ができるようになりましたのよ? もっともっと先生のもとで学びたいですわ!」


 クラリス様は件のモンスター植物を肩に載せて断固拒否の姿勢である。

 移動中も欠かさずトレーニングをしており、魔力でもって意のままに操れるようになったという。


「ふふふ、見てくださいまし! エムペペ、行きますわよ!」


 クラリス様が手をかざすと、モンスター植物がくねくねと動き始める。

 ここまでなら以前と同じなのだが、私たちは目を見張ることになる。

 なんと植木鉢からずぼっと足を抜き、歩き出したのだ。


「歩いた!?」


「化け物が歩いてますよっ!?」


 くねくねとしたおぼつかない足取りではあるが、植物魔法で操っているのは確かである。

 これには私もライカも口をあんぐり。

 クラリス様の努力は大したものだが、かなり不気味である。


「おーほっほっほっ! ライカ、これが私の実力ですわ!」


「お、おぉう」


 勝ち誇ったようにライカにびしっと指をさすクラリス様。

 ここにおいて完全に自信を回復したらしいことが分かる。

 分かるのだが、その自信の源は「くけー」とか奇声をあげてくねくね動く化け物である。

 さすがのライカも困惑しきりな表情をするのだった。 


「お師匠様、そろそろあの黒うさぎを置いてってもいいんじゃないですか? バカですし、お菓子でも投げてやれば喜んで拾いに行くと思いますよ? あんなのと一緒に歩いていると、こっちまでアレだと思われます」


 ライカは冗談とも本気ともつかない表情で非道なアシストを耳打ちしてくる。

 胸のすくいいアイデアだなぁとは思うけど、実行には移せない。


「あの人、一応、王女様だからね? そこら辺はしっかりしなきゃ。気持ちは分かるけど」


「ふぅむ、そんなものですかねぇ。ふふふ、でも、私、妹弟子ができてちょっと嬉しいんです。一緒に魔法を研鑽できるのっていいですよね!」


 私がきっぱり断るとライカは少し嬉しそうにする。

 いつも衝突している二人だけど、今回は実は仲が深まっているのかもしれないね。

 ふふん、それならそうと言ってくれればいいのに。


「ライカ、私、脚が疲れてしまいましたの。脚を揉んでちょうだい」


「脚を揉めですって!? 姉弟子に何を言ってるんですか!」


「はぁ? あなたは私の姉ではありませんよ? ひょっとしなくても、おバカなのかしら?」


「そんなのその化け物にさせればいいでしょうが!」


「エムペペを化け物ですって!? これだから教養のない人は困りますわ! あなたは笑顔で岩でも殴ってればいいんですわ!」


「んなぁあああ!?」


 仲良しになっていくのかなというタイミングで再び衝突を繰り返す二人である。

 周りの旅人のみなさんもびっくりした表情。

 私はいっそのこと、二人とも置き去りにしようかと思ってしまうのだった。





「それで、お師匠様、うちのおばあ様がこう言ったんです! 押してダメなら叩き斬れって! うふふっ、意外とかわいいところありますよね! シャイなんです!」


 街に到着すると、まずは食事だ。

 私たちは冒険者ギルドに併設された酒場で遅めのランチをとることにした。

 ご飯大好き女子であるライカはとっても幸せそうである。

 彼女は相当なおばあちゃん子らしく、その話題で大盛り上がりだ。

 あの暴力の化身のどこにかわいい要素があるのかさっぱりなのだが。


「お師匠様のご家族はどんな方なのですか?」


「う、うち? うちは普通だよ? いや、普通ってほどでもないけど、まぁ仲良くやってんじゃないの?」


 家族に話題を振られると思わず顔がこわばってしまう。

 うちの家族は個人主義でわがままで変人ぞろいなのである。

 おばあちゃんを筆頭に自分の好きなことだけをやるタイプ。

 うちの両親は魔法の薬や道具の開発をやっていて世界中を放浪している。


「へぇえ、いつかご両親にも挨拶させていただきたいですね! きっと、最高に素敵なんでしょうね!」


「いやー、どうだろうなぁ。忙しい人たちだからなぁ、たはは」


 ライカはきらっきらの笑顔を見せてくれる。

 気持ちは嬉しいけど、うちの父は変人なんだよなぁ。

 母は猫人で気が合うけど、父は年頃の女子に会わせていいタイプじゃない。

 私は遠回しにお断りをするのだった。


「そうですのね……」


 やたらと明るいライカとは対照的に、クラリス様は浮かない表情だ。

 話題が家族に移ってからということを考えると、やはり家族が恋しいのかなと思う。

 宮廷魔術師をしていたころからの付き合いで知っているけれど、彼女はお父さん、つまりはランナー王国の国王陛下とすごく仲が良かったのだ。

 やはりお父さんに会いたい気持ちもあるってことだろう。

 先日の魔法だって、お父さんの植物魔法のイメージがあったから出来上がったのだし。


「せ、先生、私、掲示板を見てきますっ!」


「ご馳走さまっ! 私も見てきますっ!」


 居心地の悪さを感じたのか、彼女は冒険者ギルドの掲示板に向かう。

 ご飯を食べ終えたライカもそれに続く。

 二人は掲示板の前に張り付いて、あーだこーだ議論しているようだ。

 いい感じのものを見つけられればいいけど。

 何はともあれ、冒険者にとって依頼をこなすのは大切なこと。

 私も掲示板に向かうと、面白そうな依頼が二つ見つかった。


 一つ目は国境付近の廃教会でレッドネズミを退治するというもの。

 二つ目は「どろどろした液体を求む」というもの。


 ネズミ退治とはこれまた一般人でもできそうな依頼である。

 だが、駆除対象のレッドネズミは一応モンスターである。

 普通のネズミよりもちょっと大きくて、ちょっと凶暴だが、かなり弱いはず。

 いかにも雑魚っぽい内容でFランクにはぴったりとも言える。

 そもそも私はネズミは怖くないし、いいかもしれない。


 一方の「どろどろした液体を求む」っていうのは、スライムか何かの液体を求めるってことらしい。

 かなりアバウトな内容で、服が汚れそうな気もする。

 私は猫人ということもあって体が汚れるのは嫌いだし、却下の方向で考えたい。


「私、ドロドロした液体がいいですっ! 面白そうです!」


「ネズミはキライですから私もそっちのがマシですわ!」


 ライカとクラリス様は液体回収の依頼を求めているようだ。

 ふむむ、ドロドロした液体ねぇ。


「こちらの依頼ですか? そちらはオニオンスネークを倒すと集められる素材ですね! 玉ねぎと蛇が合体したようなモンスターでして」


 依頼の詳細をギルドのお姉さんに尋ねてみると、なかなかヘンテコな魔物を討伐する依頼であることが分かる。

 名前からしていかにも雑魚っぽいし、いったい、どんなフォルムをしているのか気になる。

 ううむ、どうしよ。

 どっちを取るべきだろうか。


「私、生の玉ねぎ苦手ですっ! ハンバーグは食べられるんですけど!」


 手のひらを返したのはライカだった。

 彼女いわく、生玉ねぎのあの香りと触感が苦手だとのこと。

 いや、玉ねぎを集めるわけじゃなくて、蛇と合体したやつをやっつける依頼なんだけど。


「ふふん、これで2対1ですね! こちらの依頼を受けますっ! みんなでネズミ退治をしましょう!」


「そんなぁああ」


 悲鳴を上げるクラリス様に構わず、ライカは依頼を勝手に決めてしまう。

 私はどっちでもよかったけど、ネズミ退治なんて王族育ちのクラリス様にはちょっと荷が重い依頼かも。


「まぁ、ネズミで死ぬことなんかないし! 大丈夫でしょ」


「柴犬族の勇猛さをご覧に入れますよっ!」


 クラリス様の背中を優しくさすってあげる私たちなのである。

 ちなみにライカたちが持ってきた依頼書には、「モンデール廃教会遺跡でネズミ退治」と書かれていた。

 モンデール廃教会というのがその遺跡の正式な名前なのだろう。


「モンデール、モンデールねぇ」

 

 ここで私は王国史を思い出す。

 なんせ私はここら辺の歴史には詳しいのだ。

 なぜって、前職は宮廷魔術師とは名ばかりの、史料編纂室の室長でしたからね!

 スタッフは私しかいない部署だったので、地域の歴史を魔法の力でぐんぐん頭に入れているのである。

 その時の知識が正しいとすると、モンデールとは大昔の魔獣大戦の時に親子で争った大臣の家だったはず。

 親は人間側につき、子どもは魔族と獣人側について衝突した。

 もっとも最後には父子ともに行方不明になったみたいだけど。


「へぇえ、魔獣大戦っていうのがあったんですねぇ!」


「まったく知らなかったですわ!」


 ライカはともかくクラリス様は知っておいてほしいものだ。

 この地域を統べる王族なのだし、大戦の爪痕はいまだに残されているっていう伝承もあるのだし。

 先日、私の魔法で草原になってしまった地域も、もともとは大戦の影響で荒廃したって言われているのだ。

 もっと被害が大きすぎて、当時の資料があまり残っていないってのもあるんだけどね。


 ま、大昔の話だ。

 今となっては、そんな歴史の一幕など風化して消えてしまったんだろうなぁ。

 今回もお気楽に依頼をこなしちゃおう。

 


 そんな風に考えていた時が私にもあった。

 しかし、その廃教会で私たちはとんでもない事態に遭遇するのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 余計な一言ながら。 >反旗を翻したのは、ライカだった。 手のひらを返すでもよかったかも。
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