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74.賢者様、次の課題を見つけるよ




「我が柴犬の咆哮を喰らうがいい! 怒りの咆哮(アングリーラウド)!」


 魚釣り依頼から一夜明けて、私たちはなおも魔法のトレーニングを行っていた。

 ライカは柴ドリルだけでなく、大声で敵の聴覚を奪う魔法まで開発してしまう。

 すごいよ、この子。

 腕っぷしだけだと思っていたのに、魔法の才能もあるのかもしれない。


「一度、できるようになったらとんとん拍子ですっ!」


 褒めてあげると、ライカは得意げな顔である。

 ふふーんといかにも調子に乗っている様子。


「今なら行けそうですねっ! 柴犬様の風の刃よっ、ウインドブラストぉおおおお! ……あれ? おかしいですね。今日はもうお休みなんでしょうか」


 とはいえ、普通人の魔法が使えないのはいつものことである。

 ひょっとしたら、フェイントに使えるかもしれないけど。


「ぐぬぅうう、私は身体強化ぐらいしかできないですの!」


 渋い顔をするのはクラリス様だ。

 彼女は体の一部に魔力を集める方法をマスターし、着実に訓練の階段を登っている。

 身体強化はかなり使い勝手がいいし、自信をもってくれていいんだけどな。

 ライカがどんどん成長しているように見えるらしく、焦る気持ちもあるのだろうけど。


「クラリス様、魔力の使いかたは人によって千差万別です。誰かと比べても仕方ありませんよ」


「そ、そうなんですの?」


「えぇ。ライカにはライカの、私には私の、そして、クラリス様にはクラリス様の、魔法の学び方があるはずなんです」


 私の伝えたいことは焦らず、腐らずトレーニングしようってことである。

 彼女なりの魔法の道があるはずなのだ。


「お師匠様! 見てくださいっ! ついに尻尾で飛べ……ませんね」


 ライカは尻尾を猛烈な勢いで振り、それで宙に浮かぼうと考えたらしい。

 さすがに不発に終わったが、いつかは成功しそうな予感。

 ふぅむ、恐ろしい才能。

 いや、彼女の場合、子供のころから剣聖になるべく育てられてきたのだ。

 これまでの経験が魔法の方向に大きく作用しているのかもしれない。



「そっか。お手本があるといいんだ」


 その発見に思わず私は呟いてしまう。

 人は誰かを見習って物事をマスターしていくものだ。

 獣人の魔法であっても同様に、「この人みたいになりたい」っていうお手本がいると呑み込みが早いに違いない。

 当たり前のことすぎて、完全に見落としていた。


 私の場合には深淵の賢者たる祖母と暮らしていたので、お手本はすぐそばにいた。

 祖母に負けない魔法を使いたいと思って、一直線に魔法の階段を登っていったのだ。


「私はお師匠様に憧れてますけど、攻撃スタイルはおばあちゃんみたいなのが好きですっ! 一撃必殺の魔法ですっ!」


 ライカもまた彼女のあの凶悪なおばあさんをお手本にしているとのこと。

 正直、まねるのは戦闘スタイルだけにしてほしいものだけど、お手本があるっていうのは強い。


「私は……」


 一方のクラリス様はそうではないのかもしれない。

 ハーフの獣人として生まれた彼女に魔法教育を施そうという人はいなかっただろうし、魔法を使って見せる人も多くなかったかもしれない。

 しばしの沈黙の後、彼女はぎゅっと唇を噛んで話し始めた。

 それは意外な人物についてだった。


「わ、私のお父様みたいに魔法が使えたらと思っていまして。実は、父は植物魔法が得意でして……」


「へぇええ、お父さんってことは、国王陛下のこと?」


「そうなんですの! まだおじい様が国王だった時にはよく農業の応援をしていらっしゃいましたの! 魔法で植物をめきめき生やすんですわ!」


「すごいじゃん! てか、それだよっ!」


 クラリス様があまりに目をきらきらさせて喋るので、思わず叫んでしまう。

 彼女のスキルがなぜ「土魔兎」だったのかというと、土魔法もしくは植物魔法に適性があったからなのだ。

 誰にでも適性というものがある。

 戦闘中心のライカと同じ道を歩く必要はないのだ。


「よぉし、クラリス、植物魔法を練習してみようじゃないか!」


「わ、私が使えるんですの!?」


「いきなり難しいのは無理だと思うけどね。練習ならできるよ。えーと、これでいいかな」


 私は道端に生えていた。

 雑草に目を落とす。

 ちょうどこれから蕾が形成されて、花が開いていくタイミングのものだ。


「これに魔力を送ってごらん。手をかざすような感じで」


「こ、これにですの!? ふむむむ! ……できませんわ」


 植物はぴくりとも動かない。

 魔力が手のひらに集まっているのは確かなのだが、対象まで届いていない感じである。

 もちろん、これは計算通り。

 イメージの力を試してもらうために、あえてやってもらったのだ。


「それじゃ、今度はお父さんがやっていたのをイメージして魔力を送ってみて。自分の手がお父さんの手に覆われている感覚で」


「お父様を想像するんですの!? わかりました、やってみますの」


「呼吸を整えて。集中して」


 クラリスは目を閉じて、呼吸を整える。

 再チャレンジというわけである。

 うまくイメージがまとまれば、魔力が外に流れ出していくはず。


「あ、あ、先生、これっ!?」


 一分ほど経つと、クラリス様が驚きの声をあげる。

 彼女の手元を見ると、雑草がくねりくねりと動き出しているではないか。

 手も触れずに植物を動かす。

 これぞまさに魔法である。


「なんだかよくわからないけど、できましたの! 見事に踊っておりますわ! まさに植物舞踊プランとダンスですわ!」


「おめでとう!」


 クラリス様はやっと自分の魔法の階段を上り始めた。

 私は思わず大きな声で祝福をしてしまうのだった。

 

 ここで私はお手本の大切さを痛感することになる。

 獣人にとっての魔法は一人一人が自分のお手本を探すところから始まるのかもしれない。

 

「先生、私、この植物を育てますわ! 大事にしますっ! 名前はエムペペがいいですわ!」


 クラリス様は練習に使った植物を大事そうに掘り起こす。

 鉢にでも入れて持ち歩くつもりなのだろうか。

 まぁ、勉強熱心なのはいいことだと思うけど。


「ん?」


 ここで私はあることに気づく。

 クラリス様が魔法を送り込んでいる植物の蕾ががばりと開いたのだ。

 そこには口のようなものができており、ギザギザの歯が生えている。

 どう見ても、まともな植物じゃない。


「お師匠様、あれってモンスターの一種なんじゃ!?」


「だね……」


 ライカも私と同じことに気づいたらしく、微妙な顔をして耳打ちしてくる。

 確かにあれは「アサルトフラワー」とかいう魔物だ。

 人を蔓で絡めとって鋭い牙で攻撃してくるやつ。

 大型になると、デスフラワーとか言われてさらに凶暴化する。


「見てください! エムペペが踊ってますわぁ!」


 クラリス様が踊って見せると、その魔物も一緒に踊る。

 どうやら彼女の魔力と異常に同調しているらしい。

 波長があって仲良しに見えるが、花の口がぱくぱくと開くのはけっこう不気味だ。


「あれ、どうするんですか? 私がこっそり踏みつけておきますか?」


「いや、人に危害を加えない限り、とりあえずほおっておこう」


 ライカが耳打ちしてくるも、とりあえずは首を横に振る。

 世の中にはモンスターを使役する魔獣使いだっているし、クラリス様はそういう才能があるのかもしれないし。


 クラリス様の魔法がひと段落したこともあり、私はついに決心する。

 彼女を王宮に戻すときが来たのだ!


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