73.聖女様、陰謀にまんまと近づいていくけど想定の範囲内!
「国王陛下はご病気なのですか?」
「えぇ、ずいぶん長い間、来客の面会はお断りしているのです」
私たちは大臣の屋敷を離れ、王宮へと戻る。
国王陛下に挨拶をしておきたかったが、病の床に伏せているとのこと。
「それでしたら、回復魔法をかけさせて頂きますわ。私の魔法であれば一発でしょう。もちろん、無料で構いませんわ」
私は大臣に太っ腹な提案をする。
大臣であれば有料だが、王族には無料である。
コネクションを作っておきたいというのもある。
「いいえ! そこまでの必要はございません! 王は回復魔法が苦手でして!」
「そんな人は聞いたことがありません。遠慮なさらず、お申し付けください」
「いえいえ! 結構です!」
私のありがたいはずの提案を大臣は無下にも断るではないか。
病に伏せている人々が狂喜するのが私の回復魔法だ。
しかも、無料でやってやると言っているにも関わらず、である。
大臣の反応には怪しさすら感じてしまう。
やはり、この男、何かを隠している。
とはいえ、無理に国王の寝室に忍び込むわけにもいかない。
情報は集めておいた方がよさそうだとは思うが。
ここで私はある人物の顔を思い出す。
あのバカ猫女が務めていたはずなのだ。
「それはそうと、アンジェリカは元気にしていますか? 彼女はこちらで宮廷魔術師をしているはずですが」
そう、私の元同僚のアンジェリカだ。
あの子はこっちの国の王様に直々にスカウトされてやってきたはず。
大臣からの情報が得られないなら、彼女に探りを入れてみよう。
「アンジェリカ……ですって?」
しかし、大臣は首をかしげる。
ミナモトの話によると、彼は宮廷魔術師の総括をしていたはず。
知らないなんてはずはないのだが。
「えぇ、猫人のアンジェリカです。勇者パーティ時代の私の同僚なんです」
「ど、同僚ですって? あれが? あの魔法の使えない詐欺師が!?」
「魔法の使えない詐欺師ですって!?」
私が詳しく話すと、大臣はようやくアンジェリカのことを思い出した。
しかし、話がかみ合っている感じがしない。
アンジェリカはこの私が認める数少ない魔法使いだ。
あれが魔法を使えないというのなら、ほとんどの魔術師は職を失うだろう。
「あんな劣等種は解雇してやりましたよ! ぬはは、あれに騙されるとは聖女様もうかつでしたなぁ」
「か、解雇……?」
しかも、である。
アンジェリカは劣等種と蔑まれて、宮廷魔術師を解雇されていた。
あの危険人物がクビになるのは予想がついたが、それは城を破壊したとか、領地を荒廃させたとか、同僚を半殺しにしたとか、そういう理由だろうと思っていた。
「いやぁ、解雇の際の悔しそうな顔は見ものでしたよ!」
「えぇ~、ソウナンデスネ! 私もみたかったですわ!」
嬉しそうに笑う大臣はどこまでも邪悪だ。
この大臣とはそりが合わないのは十分に理解できる。
だが、それなら、なぜこの大臣は無事なのだろう。
短気なアンジェリカならすぐに腕でも飛ばしそうなものなのに。
一方、私も本心から返事をする。
確かにアンジェリカが首になる場面は見ておきたかった。
「いやぁ、もう一月以上前の話ですので、すっかり忘れておりました! ぬははは」
さきほどまで顔色の悪かった大臣の血色がすっかり戻ってきている。
どうやらアンジェリカのことを快くは思っていなかった様子。
アンジェリカはアホで間抜けで破壊衝動にのっとられた女だけど、決して邪悪でも腹黒でもない。
もしかすると、この大臣のうさん臭さに気づいて逃げ出したのかもしれない。
「そうですかぁ。ちなみにアンジェリカは首になる前にどこで働いていましたか?」
こうなるとアンジェリカの行動が気になってくる。
大臣の屋敷の上に現れた謎の魔法陣。
国王に会わせたがらない大臣の不可解な行動。
そして、消えたアンジェリカ。
今、私は大いなる謎に挑戦しようとしている!
そう考えると、なぜだかワクワクしてきた。
「ど、ど、どこですと!? そんなことをあなたに伝える義務はない! 私は屋敷の調査にすら協力したのだぞっ!? 聖女様、あなたは我々に恨みでもあるのですか!?」
大臣は私たちにすごんで見せるが、ひるむわけにはいかない。
そもそも、私は魔王に相対した聖女だ。
この程度の威圧で悲鳴を上げるわけがない。
「大臣様、勘違いされていらっしゃるようですね? あなたへの嫌疑はまだ晴れておりませんのよ? もしも、神の教えにそむく違法な魔導研究が見つかった場合には重大な処罰をしなければならないのですから。罰金がおいくらになるでしょうねぇ」
「ひ、ひぃいいい。王国史編纂室ですぅううう。しかし、その部屋は今、使用禁止になっておりまして」
「問題ございません。ミナモト、行きますわよ」
私が笑顔で対応すると、大臣は観念して場所を教えてくれる。
あの魔法バカのアンジェリカに王国史をとりまとめる仕事をさせるなんて何を考えているのかしら。
ひょっとしたら、あの大臣、バカなのかもしれない。
「鍵がかかっていますね。ミナモト、お願い」
編纂室のドアには鍵がかかっていた。
追いすがる大臣いわく、鍵を失くして入ることができないとのこと。
それはそれはとても残念なことですわね。
「……開きました」
ミナモトはものの数分で鍵を開けてしまう。
彼女は凄腕のレンジャーなのである。
この程度の鍵で足止めを喰らう私たちではないのだ。
扉を開いてみると、何のこともない資料室である。
ここでアンジェリカがどんな仕事をしていたのだろうか。
「アンジェリカの魔力紋よ……!」
私はふぅと息を吐いて、魔力紋探索の魔法を唱える。
これは特定の魔力紋の形跡を探索する上級魔法だ。
その人物だけでなく、その人物がかかわったものさえ探し当てることができる。
もしも、アンジェリカが王国史の仕事に携わっていたなら、彼女の執筆した部分が光輝いて見えるはず。
「机だけ?」
しかし、ここでも奇妙なことが起こる。
机の上にアンジェリカが寝そべっているような跡が残っているのはともかくとして、本棚から彼女の形跡が消えているのだ。
よく見ると、ここ数十年分の王国史の資料がなくなっている。
まるで彼女の手に取った資料を敢えて捨てたかのような気配がする。
「聖女様、いかがされましたか?」
「……ミナモト、この城のゴミ捨て場を探しなさい」
「承知いたしました」
ますます陰謀のにおいは強くなる。
もしも、アンジェリカが何らかの事件に関わっていなければ、彼女の痕跡を消すはずがない。
私はミナモトに耳打ちをしておくのだった。
「ひへへへ、どうですか? 何もなかったではないですかな?」
大臣は薄ら笑いを浮かべて資料室に入ってくる。
その通り、何もなかった。
ないからこそ、怪しいのだが。
「ええ、そうですわね。それじゃ、私たちはお暇しようかしら」
「聖女様、ぜひ、こちらの城にお泊り下さいませ。部屋も食事もご用意しておりますので」
「いいえ、結構です」
これ以上大臣を刺激するのは危険だと判断し、私は王宮を後にすることにした。
大臣が城に泊まるように言うが、何か怪しさを感じるので固辞しておく。
あとはミナモトが情報を持ち帰れるかだけが頼りになる。
「聖女様、こちらが発見されました。焼却炉の中にあったのですが無傷です」
次の日のこと、ミナモトが灰にまみれた資料を宿屋にもってくる。
王国史とタイトルのつけられたそれからは、アンジェリカの魔力紋を放っていた。
しかも、ご丁寧に改変や破棄ができないように魔法がかけられている。
大臣はそうとも知らず焼却炉に投げ込んだのだろうが、無事に残っていたというわけだ。
「これは……!!」
資料をめくり始めた私は目を見開くことになる。
そこに示されていたのは先代のランナー王国の国王の死因についてだった。
そして、ジャーク大臣が国王の死に関わっていたのではないかと推測できる情報だった。
違法な研究をしていると言った、小ズルい犯罪ではない。
国王殺しは重罪であり、国の秩序を破壊する行為だ。
あの大臣、怪しいとは思っていたが、大悪党だったのだ。
「なるほど、アンジェリカのやつ、大臣の陰謀に気づいたから逃げ出したってわけね」
私はここでやっと全てが腑に落ちる気がした。
アンジェリカは早い段階で大臣の陰謀に気づき、無能なフリをしてクビになったのだ。
しかし、良心の呵責に耐えきれず、誰かに気づいて欲しいと資料を残したのだろう。
残念ながら大臣が資料の存在に気づき、焼却炉にもっていかせたみたいだけど。
「聖女様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではないわね」
険しい表情の私にミナモトが心配そうに声をかける。
国王殺しは重罪だが、大臣はこの国の権力者である。
彼の面前で罪をなじっても、知らぬ存ぜぬを繰り返すだけだろう。
中央聖教会に持ち帰って報告する手もあるが、教会はあくまでも神の教えを広める機関でしかない。
大臣の罪はこの国の王族によって処断されなければならないのだ。
しかし、先ほどの大臣の様子から言って、私たちを警戒しているに違いない。
私たちが王族に近づこうとしても妨害してくるのは間違いない。
妨害ならばまだましなほうで、武力をもって攻撃してくる場合もあり得る。
私は回復魔法や補助魔法のエキスパートだが、攻撃魔法は不得意だ。
ミナモトは護衛はできるとはいっても、軍隊を相手にできるほどではない。
「ふぅむ……」
私は腕を組んで考える。
ここにアンジェリカがいたならば、彼女のバカみたいな魔法で風穴を開けることができたのだが。
そんな時である。
私たちの部屋がコンコンとノックされる。
ミナモトが扉越しに取り次ぐと、ランナー王国の教会長からの依頼と銘打った手紙が渡された。
そこにはこう記されていた。
『聖女ルルルカ様へ ワイへ王国との国境近くにある廃教会に悪霊が憑りついていて、困っております。つきましては除霊をお願いできないでしょうか。謝礼として一千万ゼニーを用意しております』
私はふぅと息を吐く。
これは罠であることは確かだからだ。
少なくとも王都から私たちを遠ざけたいのは明らか
「聖女様、いかがされますか? 罠ですが」
ミナモトも私と同じ事を考えていたようだ。
身の安全を考えるなら、依頼を受けずに中央聖教会に戻ることだろう。
しかし、そうはいかない。
「一千万もらうに決まってるじゃないの」
そう、目の前にお金をぶら下げられて、そこから逃げるなんて言うのはあり得ないのだ。
たとえ、悪人からのお金であっても、お金はお金だ。
たとえ、危険が迫っていたとしても私は聖女だ。
神の教えの前にはどんな邪悪な敵も敵わないのだから。
◇ 大臣、なんとか聖女を追い返すことに成功する!
「くそぉおおっ、あの忌々しい業突く張りの聖女めがぁあああ!」
執務室で大臣は声を荒げていた。
その原因は中央聖教会から派遣されてきた聖女の存在である。
彼はこの国ではほぼ絶対の権力者にまで成り上がった男だ。
しかし、中央聖教会の権威の前には下手に出るしかないのが実情だった。
彼の部下やアーカイラムが行っている研究は、明らかに教会の教義から外れたものだったからだ。
聖女に見つかってしまうと、研究の即時修正を言い渡される可能性もある。
場合によっては、研究の凍結さえ指示される可能性もあり、その場合にはかけてきた研究費がすべて無駄になってしまう。
資金が底をつきかけている大臣にとって、中央聖教会の介入は絶対に避けなければならない事態だったのだ。
内心の腹立ちを抑え、薄ら笑いを浮かべ、なんとか大臣は聖女を追い返すことに成功する。
途中でアンジェリカについて聞かれたことは意外だったが、この女もまたあの獣人に騙されていたのかと思うと、爽快な気持ちになった。
聖女は資料室を嗅ぎまわっていたが、何も得られぬまま微妙な顔をして出て行った。
当然だ。
アンジェリカの作成した忌々しい資料はとっくに捨てたのだ。
今頃は灰になっていること間違いなしである。
大臣は心の中で邪悪にほくそ笑むのだった。
「大臣、よかったのですか? 聖女を王都から逃してしまって」
一部始終を見ていたのは、アーカイラムだった。
彼女は先日の一件で大臣のもとを離れるか思案したのだが、契約期間の関係からもうしばらくはランナー王国にいることにしたのだ。
先代の国王と大臣の関係についてアーカイラムは完全に部会者であるが、それでも聖女がいけ好かない人物であることは分かる。
教会関係者は彼女の所属する魔法学院にも抜き打ちで査察を入れてくることもあり、蛇蝎のごとく嫌われていたのだ。
「ふふふ、問題ありません。あの廃教会の除霊をお願いしておりましたので」
「は、廃教会!? それってまさか!?」
「えぇ。それにしっかり罠も仕掛けていますよ」
廃教会という言葉を聞いたアーカイラムの顔が引きつる。
彼女は知っていたのだ、聖女たちが向かった教会がいわくつきの物件であることを。
「ふふふ、聖女だかなんだか知らないが、私をなめた報いを受けてもらいましょうか」
大臣は邪悪な笑みを頬に張り付かせるのだった。
聖女様、頑張ってほしいです!




