70.大臣、怒りのあまり、禁断の人工魔獣を使います
「ぐぬぉおおおおおお!」
時は少しだけさかのぼる。
ランナー王国の重鎮、ジャーク大臣は怒りに燃えていた。
彼の操る古代兵器が運悪く国境の底なし沼に落ちてしまったからだ。
部下たちに回収に行かせてみるも、もはや落ちた箇所さえ分からないとのこと。
「そ、それが、辺り一面、草原や森になっておりまして見つからないのですっ!」
しかも、彼らは口々にふざけた報告をするのだ。
先の大戦で汚染された荒野のはずが、草原になるはずがないのに。
大臣のはらわたは煮えくり返り、ワイへ王国への怒りで夜も眠れないのだった。
「ぐぬぬぬ、これではレイモンドはじめ、無能な部下と同じではないか! もっと優雅にワイへを潰すはずだったのに!」
古代兵器で蹂躙するという夢の破れた大臣はこめかみを抑えて考える。
何がまずかったのか。
何をすればよかったのか。
しかし、考えても考えてもいいアイデアは出てこない。
まるでボタンを掛け違えたかのように、全てがちぐはぐなのだ。
虎の子の古代兵器はどこかに消え、部下たちも消え、彼はおのれが不幸の星の下にいるような感覚に陥る。
「大臣様! 先ほど、密偵よりワイへ国王がルルロロの街で船に乗るとの話が入りました!」
そんな時である。
彼の部下の一人が耳寄りなニュースを持ってきた。
「くふふふ、そうですよ! なんて簡単なことに気付かなかったんでしょう!」
大臣は気づくのだった。
ワイへを潰すには何も攻め込む必要はないのだということを。
圧倒的な求心力を持つ国王を暗殺してしまえばいいのだ。
そして、混乱に乗じて攻め込めばいい。
「ふはははは! お前達、海洋研究所に向かいますよっ!」
彼は邪悪な笑みを浮かべ、次の野望をスタートさせる。
海洋研究所の名前を聞いた部下は、これから起こることを想像し、顔を引きつらせるのだった。
◇
「おぉ、大臣殿! お待ちしておりましたよぉっ!」
大臣は今、ランナー王国の港町にほど近い、軍関係施設にいる。
そこに現れたのは美貌のエルフだった。
その名はアーカイラム・アーカイブ。
かつてアンジェリカが追放された際にトドメを刺した女でもある。
彼女はアウソリティ魔法学院の教授を務める才媛であり、大臣にこの施設に雇われていたのだ。
彼女の専攻は魔獣工学。
平たく言えば、魔獣を人工的に作り出したり、改造することが目的の学問である。
「ご覧ください。素晴らしいでしょう」
アーカイラムはある魔物を開発していた。
その名もリヴァイア、海の怪物である。
見た目は魚のような姿をしているが、実際には竜種の一部を組み込んだ人工の魔獣である。
水の中をあらゆる船よりも速く泳ぎ、狙った獲物を確実に仕留める水棲のハンター。
大臣からすると、敵対するワイへ王国の王を水上で始末するにはちょうどよいモンスターだった。
「ふふふ、これは楽しみだ。なんせ、海は恐ろしいですからな」
「あはは、全くです、並の魔物除けではこのリヴァイアには効きませんよ」
アーカイラムは大臣から、今回の作戦の目的を聞かずとも大体のことを把握していた。
ワイへの国王がルルロロという港町に来ることは知っていたし、その際に新造船に載ることも知っていた。
一国の国王を護衛もろとも飲み込む、凶悪な魔獣。
それを自分が作り出したとなると、胸が躍るような思いがする。
このことが闇で知られれば、自分にはもっと大きな仕事がやってくるだろうと確信していた。
そして、巨万の富を経て、学院での地位をさらに盤石にするのだとほくそ笑むのだった。
美しい見た目とは裏腹に、この女もなかなかの悪女なのであった。
「大臣殿、見張りによれば、ワイへ国王の船は間もなく出港するとのことです!」
その知らせを聞いてほくそ笑むのはジャーク大臣。
そして、新造魔獣を使いたくてしょうがないアーカイラムである。
二人はさっそく、謀略を実行に移すべく、船に乗りこむのだった。
「大臣、リヴァイアの操縦はこの者が、こちらを使って行います」
船に乗りこむと、アーカイラムは大臣の前に鎧兜のようなものを身にまとった兵士を連れてくる。
それはただの鎧兜ではない。
頭部や体のあちこちから管が伸びており、それが船の中にある大きな魔道具とつながっているのだ。
彼女が言うには、リヴァイアの操縦は魔力同調の要領で行うのこと。
兵士が魔力を操作することで、怪物を縦横無尽に動かすことができるのだ。
驚くべきことに、兵士の兜によって視界さえも共有できるという。
高度な技術に大臣は驚きの声をあげる。
「この日のために訓練も十分です。お任せください!」
大臣に挨拶をする兵士は数カ月間、リヴァイアの操縦の訓練を受けてきた。
目はギラギラと輝いており、士気も十分。
問題なく任務を遂行することが期待できそうだ。
リヴァイアは船から降ろされ、網の中で静かに泳いでいる。
海の中を泳ぐその姿はまさに海の王者にふさわしい風格を備えていた。
これから大事件を引き起こすとは思えないほど静かなものである。
後は大臣がゴーサインを出せば、史上まれに見る魔獣による暗殺が遂行される。
「ふふふ、いよいよ、お披露目ですね。私の最高傑作が!」
アーカイラムはリヴァイアの活躍を前に、ワクワクと胸を躍らせる。
彼女には己の栄達の道がありありと見えるのだった。
「魔獣を操るのは面白そうですねぇ。ふむ、せっかくですから私があの平和ボケ国王に引導を渡して差し上げようじゃありませんか。あなた、それをよこしなさい」
大臣はここで突拍子もないことを言い出す。
なんと自分自身の手で国王を始末すると息巻くではないか。
「ひへ? あ、あのぉ、大臣殿、これはその、特殊なトレーニングが必要でして……」
アーカイラムはもちろん思いとどまるように伝える。
魔物と魔力を同調させて操るには高度な魔力操作の技術が必要なのだ。
一朝一夕にはできない技術である。
優秀な士官を数か月トレーニングして、やっと可能だと言えるものなのだ。
そもそも、リヴァイアの存在がバレてしまったら元も子もなくなる。
「ふふん、そんなものは問題になりません。私は魔力同調が得意ですからね」
大臣は無理やり兵士から魔道具を奪い取り、いそいそと自分に装着し始める。
自信満々な様子にアーカイラムはもはや何も言えず、側近たちは溜息を漏らすのみだった。
大臣の側近たちの表情がみるみる青ざめていく。
誰もが嫌な予感を感じ始めていた。




