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69.賢者様、大物を釣りあげるっ!



「ひぃいいいい、もう限界近いですよぉおお!?」


「やっぱり無理ですわ! 腕を放しますわよっ!? 死ぬよりましですわ!」


 ライカとクラリス様は必死に釣り竿を支えていただが、二人の限界は程なくしてやってくる。

 そりゃそうだ、身体強化をこっそりしてあげているとはいえ、相手はとんでもなく大きな魚なのである。

 未発達な彼女たちの魔力にしては、よくぞもってくれたというべきなのだ。

 しかし、大丈夫。

 私の魔法の詠唱は終わったからね!


「邪悪な海の支配者よ、今こそ恐れおののくがいい! 喰らえ! 【魚類捕獲専門虎猫おさかなくわえるドラネコ】ぉおおお!」

 

 魚が一瞬浮上したタイミングで、私はとっておきの魔法を放つ。

 相手をやっつけるならば爆発魔法でも、雷魔法でも撃てばいい。


 しかし、今の私がするべきは、お魚の捕獲なのである。

 魚をバラバラに引き裂くことでも、この世界から消滅させることでもない。

 二人に自慢するためにも無傷で確保したい。


 相手は巨大な、それこそ十メートルを超えている魚。

 正直、化け物かなと思ったけど、体は完全に魚だから、魚ってことにしておく。

 このサイズじゃ普通のタモ網じゃ捕まえるのはムリである。


 だけど、私には秘策があった。

 そう、古来より魚には天敵がいるのだ。


 答えはお分かりの通り、猫である。


 猫こそが、魚の天敵なのだ!

 魚を目の前にした猫はさながらハンターのごとく、それをつけ狙い、鋭い爪でしゅばんと弾く。

 私は魔法を通じて魚の捕獲に特化した猫精霊を呼び出すと、それに応援をお願いする。


「精霊様、いっちょよろしくお願いしますっ!」


『任せるのにゃ!』


 現れたのが目つきの悪いキジトラの猫様である。

 もちろん、尋常じゃなく大きい。

 あの魚の数倍の大きさである。

 

『にゃがぁあああ!』


 精霊様は鋭い爪で魚をひっかけると、ぱくりと巨大な魚をくわえる。


『今日は大漁にゃああああ!』


 そして、そのままそれを陸へと放り投げる。

 その所作はまるで芸術のように美しく、何より力強かった。

 まさにキャッチ&リリースである。言葉の使い方が違うけど。


「うおぁわあああ! すごいですぅううう!」


「ひぃいいいいい、こっちに飛んで参りますわぁああ!?」


 歓声をあげるライカに、悲鳴をあげるクラリス。

 巨大魚は我々の真上を飛んでいき、我々の上に影を作ると、豪快に陸上に着地するのだった。

 まだ生きているらしく、ばたばたばたばたっと跳ねまわる魚。

 ほとんど弱らせずに釣りあげたので、イキがいいに決まってるよね。


「よぉっし、活〆(いけじめ)しますねっ!」


 ライカはそういうと、暴れている魚のところにいって、どすん、どすんと突きをかます。

 血だらけで帰ってきたところを見るに推して知るべしである。


 それにしても、よく活〆なんて言葉、いや、行為を知ってたよね。

 この子、本当に底が知れないよ。


「ひぃいいいい、きっついですわ、それぇええ」


 もっとも、血だるまのライカにクラリスは完全にドン引きしてたけど。

 お魚を美味しく食べるための工夫なのだ、こればかりはライカを責められない。


「本当にお見それしましたっ! こんな大きい魚を釣るために、敢えて他の魚を釣らなかったんですね!」


「そうですの! 『釣り狂アンジェリカって何ですの…ぷぷぷ』と内心笑っていた自分が恥ずかしいですわ! 本当にごめんなさいですの」


 二人は事態をうまい具合に曲解してくれる。

 ありがたいけど、クラリスにはほとんどバレかけている。

 もしこれで魚が釣れなかったら、私の威厳が地に落ちるところだった。

 っていうか、クラリス、やはり失礼なやつである。


「こんな魚、見たことないなぁ……」


 近づいてみると、そこらの屋敷よりも遥かに大きな魚だった。

 目つきも残忍そうだし、魚型のモンスターだったのかもしれない。

 海は広大で、私の知らない怪物だってうようよいるのだ。


 冷静になって考えたら、こいつを倒したってだけで冒険者の功績になってしまうかもしれないね。


「ライカ君、クラリス君、冒険者ギルドに報告だ! 大きな魚が勝手に降ってきたってことにしよう!」


 そういうわけで私たちは冒険者ギルドの職員に一部始終を話すことにした。


 もちろん、私たちが釣り上げたなんて言うはずもない。

 ただただ哀れな怪物がやってきて自爆したのだと伝えたのだ。

 もっとも、Fランクの我々があれを退治したと言っても信じてもらえるかわからないが。


「この魚、みなさんで食べて欲しいんですけど」


「え、いいんですか?」


 ついでにこの魚の放棄もあわせて伝える。

 こういうのは発見者に素材使用の権利があると言われたけど、さすがに私の空間収納にも収まらないだろうし、何より魚臭くなりそうだから入れたくない。

 このまま埠頭に放置したり、海に投げ込んだりしたりしたら皆さんの迷惑になるし。

 食べられるもんなら、皆にお裾分けしたい。


「み、見たか、あれ! あんな化け物魚みたことないぜ!?」


「あぁ、自爆したんだってな!」


「あれ? なんか、活〆されてないか?」


「まぁいいや、魚は鮮度が一番大事だ! 解体しちまうぞ!」


 魚の所に集まった漁師の皆さんは、なんやかんや言いながらすぐに解体してしまう。  

 お魚は後で街の人々に無料で振舞われたのだが、初めてのお味。

 実がぷりぷりしていて、魔力が全回復する感じである。


「はぐっはぐっ、お師匠様、この魚、おいひぃですねぇ!」


「魚釣り、さいこぉですわぁ!」


 弟子の二人も大喜びである。

 いやぁ、海の幸に乾杯。

 ちなみに、ライカたちのおかげで釣りの依頼も完了。

 依頼料もゲットできたのだった。




◇ 


「魔力って素晴らしいですわ!」


 クラリスは体の中に残った魔力の余韻を感じていた。

 今日はとても大きな魚と格闘した。

 その際に彼女はライカと協力して、魔力の波長を合わせたのだ。

 自分の魔力とライカの魔力が入り混じり、自分一人では出せない大きな力を発揮することができた。

 アンジェリカも彼女のことをしっかりと褒めてくれて、クラリスはとても幸せになった。


 少しずつ、少しずつ、魔法の階段を登っていく。

 自分の可能性が広がり、諦めていた道が開けていく。


「それもこれも全部、先生のおかげですわ」


 クラリスはアンジェリカに無上の感謝を心の中で捧げるのだった。


【賢者様の使った猫魔法】


魚類捕獲専門虎猫おさかなくわえるドラネコ:魚っぽいものを捕まえるのに特化した魔法。ドラ猫が魚を捕獲することは、神話の時代より歌にもなるほど浸透している。魚の捕獲に優れた猫の力を借りて、どんな大物でも捕まえてしまう魔法である。というか、別に狙った獲物であれば、魚でなくても捕まえる。釣りとの相性抜群であるが、地面にびたーんと投げるスタイルのほか、口にくわえたまま走り出すパターンもある。この場合には裸足で追いかける他ない。


作者注)

決して日曜日のあのアニメに影響されたわけではありませんっ! 偶然ですっ!

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