68.賢者様、魔法で魚を呼び寄せるというチートなことをした報いを受けちゃうよ
「世界のあらゆるものをひきつける、可憐なる猫の精霊よ……」
スゥと息を吐くと、私は声を落ち着けて魔法の詠唱を始める。
「ひぇええ、何か現れましたよっ!?」
勘のいいライカはすぐに気づいたようだ。
そう、私は海面にモンスター寄せの魔法を放ったのである。
その名も、【腹黒暗黒舞踏】である。
詠唱を終えると、へそ天状態になった猫精霊が現れ、海面でくねくねしまくる。
それはそれは誠に神々しいお姿で、もっふもふのお腹をやけに強調してくるのだ。
しかも、やばいのはその華麗な動きである。
そのくねくねダンスを感知したものは、触らないと死ぬかもしれないレベルにまで心を乗っ取られるのだ。
もっとも、それは腹黒猫の完全な罠である。
触ろうとした瞬間に牙でガブリ、または爪でズバァである。
それが分かっていたとしても手を出さざるを得ないというのが人間の悲しさ。
つまり、とんでもない魅了効果を持つのがこの魔法なのである。
「ふふふ、ライカ、クラリス、よぉく見てるがいいさ!」
もふもふの猫精霊様はそのまま海に溶け込んでいくと、一筋の光の波を水面に引き起こす。
それは沖の方へと広がっていき、哀れな獲物をおびき寄せてしまうのだ。
ちなみに、今回、魅了するのは、この場で一番大きな魚ということになっている。
誰彼構わず魅了するわけじゃないよ、念のため。
さぁ、どんなのが来るのかな?
「えいやっ!」
身体強化魔法を使って、釣り針を遠くへと投げる。
がぜん、釣竿を持つ手に力が入る私である。
港町育ちの意地を見せてやんよぉ!
「わわわっ、なんかでっかいの来ましたわ!」
「す、すごすぎますよ!」
五分ほど経った時のことだ。
私は目の前の光景に絶句することになる。
水面に見えているだけで、とんでもなく大きな影がこちらへと向かってきているのだ。
迷うことなく、一直線に。
ひぃいいい、うっそぉおお、あれが魅了されちゃったわけ!?
いくら大きな魚と言っても、限度があるでしょ!?
ぐおんっ!
「のわわっわわわっわあああ!?」
やばい、すごい引きだ。
私の両腕にとんでもない重さを感じる。
重いなんて騒ぎじゃない。
腕が引きちぎられるかと思うレベルの強い当たり。
身体強化しといて本当に良かった。
「す、すごいですぅううう! あれを釣るんですか!?」
「や、やばいですわ!? 魚って言うより、化け物ですわよ!?」
二人は私が格闘するのを見て、やいのやいの声をあげる。
クラリスの言うとおり、めちゃくちゃな大物である。
釣りの基本は相手との駆け引きだ。
少しずつ少しずつ忍耐強く、疲れさせていくのが定石。
しかし、今回の魚は化け物じみた巨大魚である。
正直、疲れさせるのを待つなんて悠長なことを言ってられない。
このままじゃ海に引きずり込まれる可能性もあるわけで。
かといって、愛用の竿を投げ出すって言うのも違うよね。
竿を投げるとき、それは釣り人としての私が死ぬ時である。
それじゃ、どうするかって?
西の魔王を封じた私を舐めるんじゃないよ。
あんな魚、両手が使えれば一発なのだ。
「悪いけど、二人で協力して竿をもってて! この竿に魔力を流し込めば大丈夫だから!」
私は魚の引きが甘くなったところで、二人に竿をパスする。
この竿は魔力でもって強度を調整できる、魔道具なのである。
不世出の釣り竿づくり名人が作ったものだ。うちの父なのだが。
「でぇええええ!? まじですか!?」
「うっそですのぉおおおお!?」
二人は大きな悲鳴を上げる。
だってしょうがないじゃん、魔法を発動するのに両手は必要なんだから。
「ふぐぐっぐうぐぅうう、クロエ、相手の出方を見て!」
「あんたこそ、私に合わせるんですのよぉおおお!」
二人はこんな時でもいがみ合い、お互いを批判し合っている。
その姿にカチンときた私はこう言ってやったのだ。
「あー、言い忘れてけど、私の竿をなくしたら、今日の晩御飯は抜きになっちゃうかもー」
感情の起伏を伝えない、棒読みである。
しかし、その棒読みがなぜだか上手く働いた。
「……聞きましたか!? とりあえず今は休戦ですよっ!」
「……わかってますわよ! 私だってシーフード好きなんですのよ!」
「とぉおおりゃっ!」
「そぉおおっれっ!」
二人はなぜだか息をぴったりに合わせて、魚をぴったりキープするではないか。
私の釣り竿は光り、二人の魔力を効率的に吸い込んでいるのが分かる。
つまり、二人の魔力がいい感じに注入されているのだ。
色んな人の魔力同調を見てきたけれど、なかなかのコンビネーションである。
食い意地が二人を同じ方向へと導いたのだ。すごいぞ、食欲。
「こなくそですわぁああー!」
特にいい動きをしているのがクラリスだ。
力では劣る彼女ではあるが、ライカの魔力の流れに気を配り、危ない場面を適切にフォローしている。
彼女は補助魔法とか、そういう魔法と相性がいいかもしれない。
【賢者様の使った猫魔法】
腹黒暗黒舞踏:猫が近くに寄ってくる。おもむろにあおむけになり、くねくねし始める。かわいい。そして、お腹の毛がふわふわである。その偉大なる腹毛を目にしたあなたは触らざるを得ず、手を伸ばす。だが、1秒後、あなたの手はガブリとやられたり、爪で引っかかれたり、あるいはその両方+足キックさえお見舞いされることになる。つまり、あのくねくねは魅了付きの罠なのだ。「絶対に罠だ」と分かってはいても、近づいてしまう恐るべき罠魔法。




