67.賢者様、魚釣り依頼を始めるよ
「お師匠様、見てください! 魔力でしっぽが動きます!」
「ちょっと! 私だって耳を動せるわよ!」
今日も今日とて早起きの私たち。
することは魔法のトレーニングである。
本日のお題は魔力操作で体を自由に動かすこと。
例えば私の魔法に【死の尻尾鞭】というものがある。
これは尻尾に魔力を通すことが発動の端緒になっている。
ライカとの研鑽の結果、獣人の魔法は自分自身の身体的特徴に基づいて発動させるほうが容易なことがわかった。
炎を球を出したり、竜巻を出したりするよりも、体に働きかける形で魔力を使うほうがやりやすいってこと。
そこで、魔力による身体への働きかけをトレーニングしているのだ。
「ふふん、耳なら私も動かせます!」
「はぁ? そんなの全然優美じゃないわ! 私のように大きな耳じゃなきゃ!」
ぱたぱた、ぴくぴくと動くケモミミたちである。
心和む光景のはずなのだが、二人は衝突しまくっている。
ふぅむ、難しいなぁ。
一人一人に教えるのはできても、複数人に教えるっていうのは別の能力が必要らしい。
二人とも私の話は素直に聞いてくれるんだけど。
「よぉし、今日のお題はこれ! 二人で魔力を合わせること! 魔力同調だよ!」
私は二人にトレーニングメニューを発表する。
魔力同調とは二人以上の人間がそれぞれの魔力の波を合わせることである。
大型のモンスターを倒す時に同一の魔法を複数人数で唱えることがある。
それは他者の魔力と自分の魔力の波長を合わせているのである。
特に回復魔法を使うヒーラーなんかの場合は、他者の波長にシンクロすることは基礎中の基礎なのである。
これができれば、二人の距離も少しは近づくのではないか。
「ええぇえ、この兎っころとですか!?」
「嫌ですわ、こんな乱暴な猛獣となんて! この間、私、噛まれましたのよ!?」
二人は絶対に嫌だと首を横に振る。
気が合ったり、合わなかったりと忙しい二人である。
噛んだって言っても、本気じゃないとは思うんだけどね。
「ライカ、あなた弟子入りするときに何でもするって言ったよね? クラリス、そろそろ王宮に帰ります?」
「申し訳ございませんっ!」
「冒険者をやっていたいですの!」
拒否権は持っていないわけで、飛び上がるようにして謝罪する二人。
さぁ、練習を始めよう。
やり方は簡単。
背中合わせになって座り、魔力をお互いに感じればいいのである。
「よぉし、それじゃクラリス、先輩である私にあわせるのです!」
「嫌ですの。あなたこそ私に合わせなさいな!」
しかし、想像していた通り、お互いが我を主張するばかりで全然進歩しない。
譲歩のない連中である。
いや、そもそも、自分の魔力の波を認識することから始めなきゃいけないのかもしれない。
課題を発見した私は溜息の中、朝のトレーニングを終える。
こいつらの息があう日が来るんだろうか。
ずっと衝突されたらかなわないね。
そんなことを思っていたのだが、街に戻ると絶句することになる。
「はぐはぐ、おいひぃですねぇ!」
「はむはむ、ここのアワビもさいっこぉよっ!」
トレーニング後の食欲は物凄く波が合うのである。
姉妹なんじゃないかってぐらい同じスピードで食べる。
クラリス様はウサギ獣人だし、草食かなと思っていたが、そんなことはない。
この相性の良さを魔法でも活かせたらいいんだけどなぁ。
皆で魔力を合わせるクエストなんてものがあるといいんだけど、Fランクだし強い魔物は相手にできないしなぁ。
そんなことを思いながら、食事を終えて冒険者ギルドの掲示板を眺める。
すると、私の目にとっても面白そうな依頼が飛び込んでくる。
「さ、魚釣り依頼!? 何これ、いかにもザコっぽい! いいじゃないか!」
それはトロケタイと呼ばれる魚を釣ってほしいという街のレストランからの依頼だった。
名前の通り、とろけるように美味しい高級食材である。
魚釣りの依頼なんて一般人とほぼ変わらない。
いかにもFランク御用達であり、ワクワクする。
「へぇえ~、魚釣りですか! やってみたいですね! 生で食べるのも好きです!」
「えぇえ、私、生きてる魚って触ったことないですわ」
ワクワク顔のライカと、げんなり顔のクラリス様である。
まぁ、まぁ、魚釣りって面白いものだよ。
あたしゃこう見えても海の近くの育ちだし、子供のころは「釣り狂アンジェリカ」と呼ばれた女だ。
愛用の釣竿を空間の魔法の中に用意しているし、いっちょ、腕前を披露してあげようじゃないの。
そんな感じで釣りセットを揃え、私たちは埠頭へと向かうのだった。
「おい、聞いたか? ワイへの王様が視察に来るらしいぞ?」
「どおりでBランク以上の連中が忙しそうにしてたのか。警備も大変だなぁ」
道すがら、向こう側から歩いて来る冒険者がそんなことを話していた。
なるほど、王様がここら辺に来るのかぁ、ふぅん。
とはいえ、今の私はFランク。
王様の護衛などするわけもないのだし、気楽に構えていればいいだろう。
さぁ、バンバン釣っちゃうよ!
◇
「また来ました! 魚さんがたくさんいるんですね!」
「やったぁああ! すごいですわ、私! 釣りの才能がありましたのね!?」
埠頭で釣り針をたらして一時間。
ちっとも面白くない私である。
ライカとクラリス様にがっつんがっつん当たりが来ているのだ。
二人とも今日、釣りを始めたにもかかわらず、神がかったように冴えている。
トロケタイもいくつか釣り上げているようだ。
一方の私には全然だめである、坊主である。
この、釣り狂様が、カワハギ名人と呼ばれた、この私が。
ぐやじぃいいい!
魔法で釣竿と釣り糸を頑丈にした挙句、「大物は私に任せなさい」なんて言っていたのがバカみたいである。
「師匠もきっと釣れますよっ!? 大丈夫ですよっ!」
私が一人で歯を食いしばっていると、ライカが励ましの言葉をかけてくれる。
彼女の優しい所は大好きなのだが、はっきり言って惨めさを拡大するだけ。
「あはは、見てくださいな、すごいですわ! 私、釣りの天才だったんですのね! これから釣りだけで生活しますわ!」
一方のクラリス様は私の心情など一切無視して、釣果を自慢してくる。
これぐらい自分のことしか考えてないと、いっそすがすがしいぐらいである。
釣りを甘く見られているみたいで、なんだか腹立つけども。
そうだよ。
このまま引き下がるわけにはいかないじゃないか。
釣り狂とまで言われた私の本気を見せなければ、この依頼を受けた意味がない。
それにこのまま坊主だと、私が痛いやつみたいになっちゃうよ。
やってやろうじゃないの!
私はばばっと立ち上がり、魔法の詠唱を始めるのだった。




