66.賢者様、依頼中止のお知らせ
「ひぇえええ、ゴミ捨て場の依頼が中止になった!?」
穴掘り依頼を受けてから次の日のことだ。
ギルド職員の人が現地を視察して、仕事に問題がなければ依頼料をもらえる手はずになっている。
穴をめちゃくちゃにあけちゃったのは悪かったけど、それでも「どんどんやっちゃって」と言われたのだし、仕事は完璧にやってのけたと思っていた。
ライカもクラリス様も朝から「いくらもらえるんですかね」「特別手当がでるわよ」などと盛り上がっていたのである。
もちろん、そんなはずはないけど、お金を稼ぐことのありがたみを感じる点においてはプラスに働いてくれるだろう。
そんな風に思いながらギルドの扉を開けると、依頼中止と伝えられたのだ。
せっかく頑張ったのに。
「す、すみませんねぇ、どうもギルドの上の偉い人が決めたみたいで……」
受付の女の人は申し訳なさそうに謝ってくる。
まぁ、冒険者ギルドの依頼というものは不安定なものだ。
依頼人が蒸発したり、死んでしまったりした場合では依頼そのものがなしになってしまうこともしばしばなのだという。
話には聞いていたが、まさか自分たちに降りかかるとは。
「でぇえええ、私のフルコースがぁああ」
「ドンピリニヨンをつけるはずですのにぃ」
ライカとクラリス様は残念そうに肩を落とす。
フルコースもドンピリという高級酒もそもそも依頼料では賄えない。
あんたら、依頼料のところちゃんと読んだのか。
「でも、ギルド長のポケットマネーで依頼料はお出しするとのことです! 現地調査の際に穴が開いているのは確認しましたし!」
「本当ですか!」
「やりましたわ! 正義は、私はいつでも勝ちますのよ!」
しかし、事態はまさかの急展開である。
どういう粋な計らいか知らないけど、依頼料はそっくりそのままもらえるとのこと。
こりゃあラッキーだね。
あたしゃ嬉しいよ。
「えへへ! このお金は大事に使いますよ!」
「えぇ、大切に大切にぱぱーっとやっちゃいますの!」
微妙に会話のかみ合わない二人なのであるが、有頂天になっていてそのことにすら気づいていない様子だ。
びっくりな展開だけど、いいことだよね。うん。
しかし、いったいどうしてそんなことが起きたんだろうか。
「おい、知ってるか? 国境地帯の荒れ地が一晩で大草原になったんだってよ」
「えぇ!? 昔の戦争で汚染されてて、未だに草が生えないっていうんじゃないのかよ?」
「それが、調査に行った連中によると汚染もなくなって森さえできてるって話だぜ!?」
ギルドを出ようとした際に、二人組の冒険者が話しているのに出くわしてしまう。
「荒れ地? 大草原? 森?」
そこって私たちが依頼を受けた場所だと思うんだけど、なんだか嫌な予感がする。
「わかりましたわ! あの無茶な魔法のせいで、なんやかんやで大草原になったんですわ!」
足早にギルドを出ると、クラリス様は開口一番に変な推理をしてくる。
いやいや、いくら私の魔法でもそんな簡単に草原をつくらないはず。
ドラゴン十匹ぐらいの魔力を持ったものがゴミ捨て場に捨てられない限り。
「行ってみましょう! 私、原っぱ大好きです!」
「私だって! 華麗な跳躍を見せてあげますわ!」
荒れ地が草原になったというニュースに居ても立っても居られないのか、二人は喜び勇んで走りだすのだった。
えぇえ、面倒くさいなぁ。私、原っぱとか微塵も興味ないんだけど。
◇
「ふへへへへ~、こりゃあすごいですねぇ!」
「よっし、走りますわよぉおおお!」
荒れ地は青々ととした大草原になっていた。
理由は知らない、知りたくもない。
私の予想ではあの穴に何かが落ちたのだ。
これは確かだと思う。
国境にある広大な荒れ地を一晩で草原にしちゃうほどの魔力のあるものである。
ライカの言うように間抜けな地竜が群れをなして落っこちたのかもしれない。
あの魔法はとらえたものを完全に分解しちゃうので、今となっては何とも言えないよね。
見た感じ、穴の部分には何もないし。
「たぶん、お師匠様の魔法でドラゴンの襲来を防いだんですよ!」
ライカは鼻息荒く、そんなことを言うが、ここら辺はドラゴンの生息域ではない。
荒れ地に大昔の遺跡みたいなのはあるって話は聞いたことがあるけど、関係はなさそうだし。
「ほらほら、子ウサギちゃん、捕まえますよ!」
「ひぎゃああ、ライカの目が怖いですわ! ちょっと、本気で来ないでくださいましぃいい!!」
そうこうするうちに、二人は原っぱで追いかけっこを始める。元気である。
若いっていいなぁと思いながら、それを眺める私。
ちなみにライカはクラリス様にかじりついていた。
あんがい、甘くて香ばしいらしい。
◇
「これが魔力なんですのねっ!」
ライカはクラリスが魔力を感じている様子を懐かしく眺めていた。
もっとも彼女が魔力に目覚めたのは数週間前のこと。
対して時間は経っていないのだが、遠い昔のように感じる。
あの時はライカの魔力を起こすために、アンジェリカが額をくっつけてくれた。
その時のことを思い出すだけで、ライカの涙腺が緩みそうになる。
「クラリス、よかったですね!」
だから、クラリスが魔力に目覚めたのを自分のことのように喜んでしまう。
獣人のための魔法学院の設立。
それがアンジェリカの夢だ。
その夢を応援するためにも、ライカは生きているのだから。
「ふふん? 私の優秀さが顕わになってしまいましたわね!」
クラリスはそんなライカの気持ちなど一向に解さないようである。
胸をぐんと張って、得意げな顔をする。
この女、褒められたらドヤ顔をするルールのもとで生きてきたのだ。
「でも、ライカのおかげですわ。先生から聞きましたの。ライカとのやり取りのおかげで、スムーズに教えられたんだって」
「そ、そうなんですよ! クラリスもわかって来たじゃないですか! 私は姉弟子で偉いんですよっ!」
クラリスがアンジェリカのことを引き合いに出したことで、ライカは泣き出しそうになる。
アンジェリカがあの森でのできごとを覚えていてくれたことが、とても嬉しかった。
もっとも、後半は照れ隠しもあってクラリスにマウントをとってしまうのだけど。
「はぁ? あなたは私の姉じゃありませんよ?」
「そういう意味じゃなくて!」
とはいえ、会話がかみ合わないのは相変わらずだ。
二人の仲は少しずつしか縮んでいかないのだろう。




